一 原判決の確定した判示第一の事実は被告人はA外十名の預金者から貯金の払戻その他の為同人等名義の貯金通帳を預つていたのでこれを使用して同人等名義の郵便貯金払戻証書を偽造行使したというのであつて、右A名義の郵便貯金払戻証書は被告人が生存中のAから預つた郵便貯金通帳と共にこれを行使する目的でこの通帳に基いて作成したものであるからそれはAの生存中の作成にかかるものの如く作為したものとみるのが相当であり又一般人をして左様に誤信させるおそれの十分にあるものであるからかかる場合には、たとえその作成当時Aが既に死亡していたとしても被告人の行為は文書偽造罪を構成するものと解すべきである。 二 原審公判調書中被告人の供述としてAは被告人が同人名義の貯金払戻受領証を作成した時から一年位前に戦死しているものであると述べていること所論のとおりである。しかし右事実については被告人の右供述を除いては他に何等の証拠のない本件においてはAが本件犯行当時確実に死亡していたと認定することは困難である。
一 死亡者名義の郵便貯金払戻証書の偽造と私文書偽造罪の成否 二 被告人の供述以外に証拠が存しない場合と事実の認定
刑法159条,旧刑訴法336条
判旨
死者の名義であっても、生存中の作成にかかるものと外形上見える文書を作成し、一般人に真正な文書と誤信させるおそれがある場合には、有印私文書偽造罪が成立する。
問題の所在(論点)
名義人が文書作成時に既に死亡していた場合、死者名義の文書作成について有印私文書偽造罪(刑法159条1項)が成立するか。
規範
文書偽造罪の保護法益は文書に対する社会の公共的信用である。したがって、名義人が作成当時に死亡していたとしても、その名義人が生存中に作成した文書であるかのような外観を呈し、一般人をしてそのように誤信させるに足りる形態を備えているときは、文書偽造罪を構成する。
重要事実
事件番号: 昭和27(あ)1342 / 裁判年月日: 昭和28年11月13日 / 結論: 棄却
架空人名義の簡易保険申込書を作成した場合でも、それが当局のみならず一般人をして真正に作成された文書と誤信せしめる危険があるときは、私文書偽造財が成立する。
被告人は、預金者Aらから貯金払戻等のために預かっていた郵便貯金通帳を利用し、Aらの名義を冒用して郵便貯金払戻金受領証を偽造・行使して公金を横領した。Aは、被告人が当該受領証を作成した時点より約1年前に戦死していた可能性があるが、被告人はAの生存中に預かった通帳に基づき、あたかもAが生存中に作成したかのように装って文書を作成し、郵便局係員に提出した。
あてはめ
被告人は、生前のAから預かった真正な貯金通帳に基づき、これを行使する目的で受領証を作成している。この受領証は、客観的に見てAの生存中に作成されたものとしての外形を有しており、一般人をしてそのように誤信させるおそれが十分にある。したがって、作成時にAが死亡していたとしても、社会的な公共的信用を害する性質に変わりはないため、文書偽造罪の成立を妨げない。
結論
被告人の行為は有印私文書偽造罪を構成する。名義人の生死にかかわらず、生存者の作成にかかるものと誤信させるに足りる文書であれば、偽造罪が成立する。
実務上の射程
死者名義の文書偽造に関するリーディングケースである。答案上は、偽造の定義(名義人と作成者の人格的同一性の偽装)を前提としつつ、保護法益の観点から「一般人が生存者の作成と誤信するか否か」を基準として論じる際に用いる。実在しない架空人名義の場合にも応用可能な論理である。
事件番号: 昭和28(あ)3652 / 裁判年月日: 昭和30年4月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】業務上占有する他人の物を自己の利得のために処分する行為は、背任罪ではなく業務上横領罪を構成する。また、預金に際して実在する他人の氏名を使用したとしても、その名義人は虚無人とはいえない。 第1 事案の概要:被告人は、業務上の地位に基づき管理・占有していた金員を、自己の利益を図る目的で処分した(判示第…
事件番号: 昭和30(あ)1162 / 裁判年月日: 昭和30年7月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】判示事項としての判旨は示されていないが、本件のような状況において有印私文書偽造罪(刑法159条1項)が成立することを肯定した。 第1 事案の概要:本件判決文からは具体的な事実関係は不明であるが、被告人が他人の名義を冒用して有印の私文書を作成した事案であると推認される。 第2 問題の所在(論点):被…
事件番号: 昭和24(れ)2075 / 裁判年月日: 昭和25年9月22日 / 結論: 棄却
被告人は農業の傍、Aに頼まれて、判示建物の管理を業としていたものであり、しかも、自己が管理占有していた右建物を不法にも自己の物とすることを決意し、判示のごとき僞造文書を利用して、右建物の所有者Aに對して、判示のごとく自己の所有權を主張し、所有權移轉登記を求める旨の民事訴訟を提起し、よつて、被告人は右建物を自己の物とする…
事件番号: 昭和24(れ)2852 / 裁判年月日: 昭和25年2月24日 / 結論: 棄却
論旨は窃取しまたは騙取した郵便貯金通帳を利用して預金を引出す行爲は賍物の處分行爲として罪とならないと主張するのである。しかし賍物を處分することは財産罪に伴う事後處分に過ぎないから別罪を構成しないことは勿論であるが窃取または騙取した郵便貯金通帳を利用して郵便局係員を欺罔し眞實名儀人において貯金の拂戻を請求するものと誤信せ…