被告人は農業の傍、Aに頼まれて、判示建物の管理を業としていたものであり、しかも、自己が管理占有していた右建物を不法にも自己の物とすることを決意し、判示のごとき僞造文書を利用して、右建物の所有者Aに對して、判示のごとく自己の所有權を主張し、所有權移轉登記を求める旨の民事訴訟を提起し、よつて、被告人は右建物を自己の物とする意思を表明したというのであつて、右の事實は、原判決舉示の證據上認め得るところである。しからば、原判決が被告人の右所爲に對し業務上横領罪の既遂をもつて、問擬したのは正當であつて、たとえ、被告人がその後右訴を取下げた事實がありとしても、それがために横領罪の未遂をもつて論ずべきではない。
不動産についての業務上横領罪の成立とその既遂の時期
刑法253條
判旨
他人の建物を管理する者が、偽造文書を利用して当該建物の所有権を主張し、所有権移転登記を求める民事訴訟を提起したときは、業務上横領罪の既遂が成立する。その後に訴えを取り下げたとしても、既遂の成立は妨げられない。
問題の所在(論点)
他人の不動産を管理する者が、当該不動産について自己の所有権を主張して移転登記請求訴訟を提起した場合、業務上横領罪(刑法253条)の既遂が成立するか。また、その後の訴えの取下げが既遂の成立に影響を与えるか。
規範
横領罪(刑法252条、253条)における「横領」とは、不法領得の意思、すなわち自己の占有する他人の物を自己の所有物としてその経済的用法に従い処分する意思を外部に客観的に表明する一切の行為をいう。不動産の占有者が、真実の所有者に対して所有権を主張して移転登記請求訴訟を提起する行為は、不法領得の意思の発現といえ、これによって横領罪の既遂に達する。
重要事実
被告人は農業の傍ら、被害者Aから頼まれて建物の管理を業務として行っていた。被告人は、自己が管理・占有していた当該建物を不法に自己の物とすることを決意し、偽造文書を利用して、所有者Aに対し自己に所有権がある旨を主張した。さらに、被告人は当該建物について所有権移転登記を求める民事訴訟を提起し、自己の物とする意思を外部に表明した。その後、被告人は提起した訴訟を取り下げた。
事件番号: 昭和25(れ)637 / 裁判年月日: 昭和27年10月17日 / 結論: その他
一 横領罪は自己の占有する他人の物を自己に領得する意思を外部に発現する行為があつたときに成立するものである。そしてその不法領得の意思を発現する行為は必ずしもその物の処方のような客観的な領得行為たることを要せず、単に領得の意思をもつて為した行為たるをもつて足るのである。 二 鉄砲等無許可所持の罪は銃砲等所持禁止令第一条の…
あてはめ
被告人は建物の管理を業としており、当該建物を業務上占有する地位にあった。被告人が、偽造文書を用いて自己の所有権を主張し、移転登記請求訴訟を提起した行為は、当該建物を自己の所有物として処分する意思を客観的に外部へ表明したものといえる(不法領得の意思の発現)。したがって、訴訟を提起した時点で横領行為は完了し、既遂に達したものと解される。一度既遂に達した以上、その後に訴えを取り下げたとしても、事後的な事情に過ぎず、成立した犯罪の成否や既遂の結果を左右するものではない。
結論
被告人の所為について業務上横領罪の既遂が成立する。訴えの取下げがあったとしても未遂罪にとどまるものではない。
実務上の射程
不動産の横領における実行の着手と既遂時期に関する重要判例である。不動産の占有者が登記名義を有しない場合であっても、所有権を主張して提訴する行為が「横領」にあたること、および既遂後の事情(訴えの取下げ)は犯罪の成立に影響しないことを示す際に用いる。答案では「不法領得の意思の外部的発現」として訴訟提起を位置づける。
事件番号: 昭和25(れ)1335 / 裁判年月日: 昭和26年5月11日 / 結論: 棄却
一 原判決の確定した判示第一の事実は被告人はA外十名の預金者から貯金の払戻その他の為同人等名義の貯金通帳を預つていたのでこれを使用して同人等名義の郵便貯金払戻証書を偽造行使したというのであつて、右A名義の郵便貯金払戻証書は被告人が生存中のAから預つた郵便貯金通帳と共にこれを行使する目的でこの通帳に基いて作成したものであ…
事件番号: 昭和28(あ)3652 / 裁判年月日: 昭和30年4月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】業務上占有する他人の物を自己の利得のために処分する行為は、背任罪ではなく業務上横領罪を構成する。また、預金に際して実在する他人の氏名を使用したとしても、その名義人は虚無人とはいえない。 第1 事案の概要:被告人は、業務上の地位に基づき管理・占有していた金員を、自己の利益を図る目的で処分した(判示第…
事件番号: 昭和27(あ)1046 / 裁判年月日: 昭和28年8月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】不動産の売却周旋の依頼を受けて土地を売却した者が、その売却代金を領得した場合には、横領罪(刑法252条1項)が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、土地の所有者から当該土地の売却周旋(事実上の売却委任)の依頼を受けていた。被告人はこの依頼に基づき土地を売却したが、その際に得た売却代金を、本来の委…
事件番号: 昭和27(あ)1342 / 裁判年月日: 昭和28年11月13日 / 結論: 棄却
架空人名義の簡易保険申込書を作成した場合でも、それが当局のみならず一般人をして真正に作成された文書と誤信せしめる危険があるときは、私文書偽造財が成立する。