判旨
放火罪の実行の着手は、目的物に対する直接の着火のみならず、媒体となる可燃物への点火によって目的物に燃え移る客観的な危険性が生じた時点をもって認められる。本件では、煙草の吸差を藁がいに差し込む行為が、火の向き等の条件により容易に燃え移る性質を有することから、放火未遂罪の成立が肯定された。
問題の所在(論点)
放火罪における実行の着手(刑法43条前段)の成否が、媒体となる可燃物(藁)への点火行為において、成功の可能性に幅がある鑑定結果(火の向きにより結果が分かれる)が存在する場合にどのように判断されるか。
規範
刑法108条ないし110条の放火罪における実行の着手は、犯人が目的物(建造物等)を焼損する意思をもって、火を放ち、またはこれに準ずる行為を開始し、目的物に延焼する客観的な危険性が発生した時点をもって認められる。媒体となる可燃物(藁等)を利用する場合、その点火行為が目的物への燃焼を直接惹起するに足りる蓋然性を有していれば、実行の着手があったと解される。
重要事実
被告人は、放火の目的で煙草の吸差(吸い殻)を「藁がい(わら山)」の中に差し込んだ。鑑定結果によれば、吸差の火を上に向けて差し込んだ場合には藁に燃え移らなかったが、火を下に向けて差し込んだ場合には、一回の試行で藁に燃え移ることが判明した。被告人がいずれの向きで差し込んだかは特定されていないが、被告人の供述や状況証拠に基づき、第一審は放火未遂罪の成立を認め、原審もこれを支持した。
あてはめ
本件において、鑑定によれば火を下に向けて差し込めば一回で燃焼するという結果が得られており、吸差を差し込む行為自体に藁を燃焼させる客観的な危険性が内在していたといえる。被告人の供述において、殊更に火を上に向けて(燃えにくい状態で)差し込んだと解すべき特別の事情はなく、放火の意思に基づき吸差を差し込んだ以上、その行為は目的物への延焼を惹起する現実的な危険性を有していたと評価される。したがって、点火の態様によって不成功に終わる可能性があったとしても、実行の着手の認定は妨げられない。
結論
放火の目的で吸差を藁がいに差し込む行為は、放火罪の実行の着手にあたり、放火未遂罪が成立する。
実務上の射程
間接的な点火手段(タバコの火、線香、ロウソク等)を用いた場合の実行の着手時期を検討する際の指標となる。必ずしも100%の確率で燃焼が成功する態様である必要はなく、通常の状況下で燃焼を惹起し得る客観的な危険性があれば足りるという実務上の判断基準を示している。
事件番号: 昭和23(れ)1251 / 裁判年月日: 昭和24年1月20日 / 結論: 棄却
一 青酸加里を入れて炊いた本件米飯が黄色を呈し臭気を放つているからといつて何人もこれを食べることは絶對にないと斷定することは實驗則上これを肯認し得ない。 二 かかる不能犯の主張は行爲と結果との因果關係を不能なりとするものであるから行爲の外結果の發生を犯罪の積極的構成要件とする本件殺人罪においては結局罪となるべき事實を否…