判旨
飲用に供する目的で燃料用アルコールを販売する者は、自らや譲受人が試飲した場合であっても、それがさらに転売されることを予見し得る以上、人体への安全性を確認すべき高度な注意義務を負い、検査を勧告したのみでは過失責任を免れない。
問題の所在(論点)
燃料用アルコールを飲用目的で転売する際、自ら試飲し、あるいは譲受人に検査を促した場合であっても、業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)等における注意義務違反が認められるか。
規範
飲用を目的として物品を販売・譲渡する者は、当該物品の出所が軍の燃料廠等の特殊な場所であり、かつドラム缶入りの燃料用アルコールのような危険性が否定できないものである場合には、譲受人がさらに他に転売することを知っている以上、人体への危害を未然に防止するために十分な確認・検査を行うべき高度な注意義務を負う。単に譲受人に対して検査を勧告したとしても、未検査のまま譲渡した以上、当該注意義務を尽くしたとはいえず、過失の成立を妨げない。
重要事実
被告人AおよびCは、徳山海軍燃料廠から出されたドラム缶入りの燃料用アルコールを、飲用に供する目的で販売・譲渡した。被告人らは自ら試飲し、譲受人らも試飲していたが、このアルコールは後にメチルアルコールを含有していることが判明した。被告人Cは、譲受人Aに対し、当該アルコールが未検査である旨を告げ、薬局で検査を受けるよう注意したと主張して過失を争った。
あてはめ
本件アルコールは海軍燃料廠の燃料用ドラム缶という特殊な出所から出たものであり、性質上、飲用の安全性が保証されていない。被告人らが自ら試飲し、また譲受人が試飲したとしても、それがさらに転売されて第三者の飲用に供されることを知っていた本件においては、不特定多数の生命・身体への危険を防止すべき義務がある。被告人Cが「検査を受けるように注意した」としても、依然として未検査のまま危険な物品を流通させた事実に変わりはなく、判示の高度な注意義務を怠ったものと解される。
結論
被告人らに過失が認められ、有罪とした原判決は正当である。
事件番号: 昭和23(れ)786 / 裁判年月日: 昭和23年12月7日 / 結論: 棄却
一 憲法第三八條第三項並に日本國憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第一〇條第三項は犯罪事實の全般にわたつて被告人に不利益な證據は被告人の自白以外には存在しない場合の規定であつて犯罪事實の一部については被告人の自白以外の證據がなくとも他の部分については被告人の自白以外の證據がある場合には右法條にふれないと…
実務上の射程
本判決は、生命・身体に危険を及ぼす可能性のある物品(毒物混入の恐れがある旧軍物資等)を扱う際の注意義務をかなり高度に設定している。譲受人による自浄作用(試飲や検査の促し)を期待するだけでは足りず、販売者自身が安全性を確定させる義務があることを示す事例として、過失の具体的な注意義務の内容を論じる際に参照すべきである。
事件番号: 昭和24(れ)2486 / 裁判年月日: 昭和25年2月28日 / 結論: 棄却
原判決に示されているように、判示のような出所不明確なアルコールを他に飲用として販賣讓渡するについては、信頼すべき確實な方法によつてその成分を検査し、飲用に供して差支えないかを一應確かめた上、飲用者の生命身体に不測の危害を起さしめないように注意すべき義務があるにも拘らず、被告人はこのような注意義務を怠つた結果右のアルコー…
事件番号: 昭和22(れ)166 / 裁判年月日: 昭和23年3月13日 / 結論: 棄却
一 有毒飲食物等取締令第四條後段に「過失により違反したる者亦同じ」と規定したのは、過失に基く場合も亦故意に基く場合と同一の法定刑を以て處断するとの意であつて、其の法定刑の中懲役刑を以つて處斷するか罰金刑を以つて處斷するかは原審裁判所の自由裁量に委かされたところである。 二 近頃アルコール中にメタノールを含有するものがあ…
事件番号: 昭和23(れ)1811 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 棄却
被告人はメチルアルコールを飮んで死んだり失明したりした人のあることを人から聞いて知つていた事實を確定した上、右のようなアルコールを飮用に供するために他人に賣渡すには專門家の鑑定を受けるなど科學的方法によつて法令の許容する率(一立方糎中一瓱以下)を超えたメタノールを含有するものではないことを確めた上でなければこれを賣渡し…
事件番号: 昭和26(れ)1749 / 裁判年月日: 昭和26年11月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】製造元不明のアルコールを飲用として販売する者は、製造業者に限らず、その有毒性を確認すべき注意義務を負い、これを怠り死傷致死の結果を招いた場合には業務上過失致死傷罪等の責任を免れない。 第1 事案の概要:被告人B、C、Dらは、アルコールの販売に従事していた。Bは当該アルコールが有毒で飲料に適さないこ…