被告人はメチルアルコールを飮んで死んだり失明したりした人のあることを人から聞いて知つていた事實を確定した上、右のようなアルコールを飮用に供するために他人に賣渡すには專門家の鑑定を受けるなど科學的方法によつて法令の許容する率(一立方糎中一瓱以下)を超えたメタノールを含有するものではないことを確めた上でなければこれを賣渡してはならない注意義務があると判示したのである。かくのごときアルコールを他に飮用として販賣するには信頼するに足る確實な方法によつてその成分を檢査し飮用して差使えないものであることを確め、飮用者に不測の身體障害を起させることのないように注意しなければならないことは勿論であつて、これは、現在の我國一般の科學的知識の程度の下においても通常人のとるべき注意義務であるといわなければならない。原判決の判示するところも如上の趣意に外ならないのであつてかりに所論のごとく附近に容易な專門下の科學的鑑定を受けられる施設がないとしてもそれがためにこの注意義務を怠つてさしつかえないというものではない。
アルコールを飮用に賣渡す者の注意義務
有毒飮食物等取締例1條
判旨
戦後の混乱期に由来不明のアルコールを飲用として販売する場合、販売者は科学的方法により有害なメタノール等の含有がないことを確認すべき注意義務を負う。この義務は専門業者に限らず、一般の販売者に対しても課される通常人の注意義務である。
問題の所在(論点)
過失致死傷罪等の成立に関わり、由来の不明確なアルコールを飲用として販売する際、一般の販売者にどの程度の注意義務(結果予見・回避義務)が課されるか。
規範
飲用としてアルコールを販売する者は、信頼するに足る確実な方法によってその成分を検査し、飲用に供して差し支えないことを確かめ、飲用者に不測の身体障害を生じさせないように注意すべき義務を負う。この義務は、現在の科学的知識の程度に照らし、特殊な薬物業者のみならず、通常人に課せられた一般的注意義務である。
事件番号: 昭和23(れ)1199 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 破棄差戻
原判決は被告人A及び同Bは、何れも「判示品物がメタノールであるとのはつきりした認識はなかつたが之を飮用に供すると身体に有害であるかも知れないと思つたにも拘らずいずれも飮用に供する目的で」之を所持し又は販賣した旨説示してゐるのである、右説示では被告人等は判示品物がメタノールであることは認識していなかつたというに歸し有毒飮…
重要事実
被告人は、販売対象のアルコールが、終戦当時に飛行場から譲り受けたドラム缶入りのものであることを知っていた。また、当時メチルアルコールを飲んで死亡・失明した者がいることも聞き知っていた。しかし、被告人は専門家の鑑定等による成分確認を行わずに、当該アルコールを飲用として他人に転売した。
あてはめ
本件アルコールは飛行場からの放出品という特異な由来を持ち、当時メタノール中毒が社会問題化していた。このような状況下では、たとえ近隣に鑑定施設がない場合であっても、飲用としての安全性を科学的に確認しない限り販売は許されない。被告人は成分不明のまま漫然と販売しており、通常人に期待される注意義務に違反したといえる。
結論
被告人には、飲用アルコールの安全性を確認すべき注意義務の違反が認められ、過失責任を免れない。
実務上の射程
本判決は、生命・身体に危険を及ぼす可能性のある物品を扱う際の注意義務を、専門職だけでなく一般人にも広く認めたものである。特に、由来が疑わしい物品を流通させる際の「調査・確認義務」の具体的内容を示しており、現代における製造物責任や食品安全に関する過失論の基礎となる判断を示している。
事件番号: 昭和23(れ)659 / 裁判年月日: 昭和23年11月25日 / 結論: 棄却
一 有毒飮食物等取締令第一條第一項の「飮食物」は、所論のごとく「販賣」の用に供する飮食物に限定すべき理由はない。 二 有毒飮食物等取締令第一條の「讓渡」が有償であるか無償であるかは同條違反罪の成否に關係がないから、その何れに屬するかを判示しなくとも審理不盡ということはできぬ。 三 製造元も明らかでなく、又その性質も判ら…
事件番号: 昭和23(れ)566 / 裁判年月日: 昭和23年8月11日 / 結論: 棄却
一 近時アルコール中に一ミリグラムを超えるメタノールを含有するいわゆるメチルアルコールを飮用して生命身體に危害を受けた事例は頻々として新聞紙上其の他にも報道せられかかる飮料が危險物であることは一般通常人に知れ渡つているものと解すべきである。それ故該飮料の製造元も明らかでなく又その性質も判然としていない。アルコールを飮料…
事件番号: 昭和23(れ)786 / 裁判年月日: 昭和23年12月7日 / 結論: 棄却
一 憲法第三八條第三項並に日本國憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第一〇條第三項は犯罪事實の全般にわたつて被告人に不利益な證據は被告人の自白以外には存在しない場合の規定であつて犯罪事實の一部については被告人の自白以外の證據がなくとも他の部分については被告人の自白以外の證據がある場合には右法條にふれないと…
事件番号: 昭和26(れ)1486 / 裁判年月日: 昭和26年11月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】飲用に供する目的で燃料用アルコールを販売する者は、自らや譲受人が試飲した場合であっても、それがさらに転売されることを予見し得る以上、人体への安全性を確認すべき高度な注意義務を負い、検査を勧告したのみでは過失責任を免れない。 第1 事案の概要:被告人AおよびCは、徳山海軍燃料廠から出されたドラム缶入…