一 近時アルコール中に一ミリグラムを超えるメタノールを含有するいわゆるメチルアルコールを飮用して生命身體に危害を受けた事例は頻々として新聞紙上其の他にも報道せられかかる飮料が危險物であることは一般通常人に知れ渡つているものと解すべきである。それ故該飮料の製造元も明らかでなく又その性質も判然としていない。アルコールを飮料用として他に販賣せんとする者は適當な檢査所で有毒物の有無の檢査を受ける等確實な方法によつて、その成分を檢査し、飮用に供して差支ないか、否かを一應確かめた上飮用者の生命身體に不測の危害を起さしめないように注意すべきことは、まさに通常人の義務であると言わなければならない。ましてや、本件においては、占領軍田奈分遺隊の人夫をしていた被告人が同分遺隊東谷倉庫内保管の物品を窃取し飮料用として販賣したものであつて、被告人が前記注意義務を怠つたものであることは、明らかである。 二 執行猶豫を與へるか否かは、事實審が諸般の事情から總合的に自由裁量によつて決定するところに一任されているそして當裁判所においても、原審の執行猶豫を附けなかつた量刑を別段實驗法則に反すると認むべき理由を發見することはできない。
一 性質の判然としないアルコールを飮料用として販賣する者の注意義務 二 刑の執行を猶豫しない判決と實驗則
有毒飮食物等取締令1條1項,刑法25條,刑訴法409條,刑訴應急措置法13條2項
判旨
製造元や性質が不明なアルコールを飲料用として販売する者は、検査機関での成分検査等により安全性を確認し、生命身体に危害を及ぼさないよう注意すべき義務を負う。窃取した由来不明のアルコールを販売した際にこの確認を怠った場合、過失による有毒飲食物取締令違反が成立する。
問題の所在(論点)
有毒飲食物取締令違反における過失の成否、すなわち、製造元不明のアルコールを販売する際、その成分を確認すべき注意義務の具体的内容とその違反の有無が問題となった。
規範
製造元が不明で性質も判然としないアルコールを飲料用として販売しようとする者は、適当な検査所で有毒物の有無を検査する等の確実な方法によって成分を調査し、飲用に供して差し支えないか否かを確かめるべき注意義務を負う。この義務は、飲用者の生命・身体に不測の危害を及ぼさないために課される通常人の注意義務である。
事件番号: 昭和22(れ)166 / 裁判年月日: 昭和23年3月13日 / 結論: 棄却
一 有毒飲食物等取締令第四條後段に「過失により違反したる者亦同じ」と規定したのは、過失に基く場合も亦故意に基く場合と同一の法定刑を以て處断するとの意であつて、其の法定刑の中懲役刑を以つて處斷するか罰金刑を以つて處斷するかは原審裁判所の自由裁量に委かされたところである。 二 近頃アルコール中にメタノールを含有するものがあ…
重要事実
占領軍の分遣隊で人夫をしていた被告人は、同分遣隊の倉庫内に保管されていた物品(アルコール)を窃取した。被告人は、当該アルコールの製造元や成分が不明であるにもかかわらず、十分な成分検査等の安全確認を行わないまま、これを飲料用として他者に譲渡した。しかし、当該アルコールには1立方センチメートル中に1ミリグラムを超えるメタノールが含有されており、有毒な飲食物であった。
あてはめ
当時、メチルアルコールの飲用による健康被害が頻発し社会問題化していたことから、その危険性は一般通常人に周知されていたといえる。それゆえ、由来の不明なアルコールを販売する者は、検査機関による成分調査等の確実な方法で安全性を確認すべきであった。本件において、被告人は窃取した由来不明の物品を販売しており、上記の安全確認を一切行っていない。したがって、被告人には通常人の注意義務を怠った過失が認められる。
結論
被告人は通常人の注意義務を怠り、過失によって有毒飲料であることを知らずに譲渡したものであるから、有毒飲食物取締令違反が成立する。
実務上の射程
本判決は、生命・身体に危険を及ぼす可能性のある物品を取り扱う際の具体的注意義務を画定したものである。現代の答案作成においては、過失の具体的予見可能性および結果回避義務(特に調査・確認義務)の内容を特定する際の論理構成として活用できる。特に危険物の流通における「調査義務」の具体化として有用である。
事件番号: 昭和23(れ)659 / 裁判年月日: 昭和23年11月25日 / 結論: 棄却
一 有毒飮食物等取締令第一條第一項の「飮食物」は、所論のごとく「販賣」の用に供する飮食物に限定すべき理由はない。 二 有毒飮食物等取締令第一條の「讓渡」が有償であるか無償であるかは同條違反罪の成否に關係がないから、その何れに屬するかを判示しなくとも審理不盡ということはできぬ。 三 製造元も明らかでなく、又その性質も判ら…
事件番号: 昭和24(れ)2486 / 裁判年月日: 昭和25年2月28日 / 結論: 棄却
原判決に示されているように、判示のような出所不明確なアルコールを他に飲用として販賣讓渡するについては、信頼すべき確實な方法によつてその成分を検査し、飲用に供して差支えないかを一應確かめた上、飲用者の生命身体に不測の危害を起さしめないように注意すべき義務があるにも拘らず、被告人はこのような注意義務を怠つた結果右のアルコー…
事件番号: 昭和23(れ)1811 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 棄却
被告人はメチルアルコールを飮んで死んだり失明したりした人のあることを人から聞いて知つていた事實を確定した上、右のようなアルコールを飮用に供するために他人に賣渡すには專門家の鑑定を受けるなど科學的方法によつて法令の許容する率(一立方糎中一瓱以下)を超えたメタノールを含有するものではないことを確めた上でなければこれを賣渡し…
事件番号: 昭和26(れ)1486 / 裁判年月日: 昭和26年11月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】飲用に供する目的で燃料用アルコールを販売する者は、自らや譲受人が試飲した場合であっても、それがさらに転売されることを予見し得る以上、人体への安全性を確認すべき高度な注意義務を負い、検査を勧告したのみでは過失責任を免れない。 第1 事案の概要:被告人AおよびCは、徳山海軍燃料廠から出されたドラム缶入…