一 有毒飮食物等取締令第一條第一項の「飮食物」は、所論のごとく「販賣」の用に供する飮食物に限定すべき理由はない。 二 有毒飮食物等取締令第一條の「讓渡」が有償であるか無償であるかは同條違反罪の成否に關係がないから、その何れに屬するかを判示しなくとも審理不盡ということはできぬ。 三 製造元も明らかでなく、又その性質も判らない殊に本件のごとく工業用としての品質不良のアルコールを他に飮用として讓渡するには、確實な方法によつてその成分を檢査し飮用して差支えないものであることを確かめる義務のあることは言うまでもないところである。(昭和二三年(れ)第五六六號同年八月一一日第一小法廷判決) 四 憲法第三七條第一項にいわゆる公平な裁判所の裁判というのは構成其の他において偏頗の惧なき裁判所の裁判の意味であることは當裁判所の判例(昭和二二年(れ)第一七一號同二三年五月五日大法廷判決)の示すとおりである。だから事實審たる原裁判所の裁量權に屬する證據の取捨が被告人の側から觀て公平でないからといつて原判決が憲法第三七條第一項に違背するものだとはいえない。 五 被害者にも過失がないとはいえないことは所論のとおりであるが、さればといつて、本件アルコールを被害者に讓渡する場合の被告人の注意義務乃至この義務違反の責任が當然に消滅するものでないことは多言を要しない。 六 讓渡の數量並びに讓受人の人數の如何は讓渡行爲の犯罪構成要件に屬しないから本件讓渡の數量が判示のごとく二升ではなく所論のごとく一升又は一升一合であり、また讓受人の人數が判示のごとく五名ではなく所論のごとく三名であつたとしても本件における讓渡なる犯罪行爲の成立を妨ぐるものではない。それ故(この點を・して審理不十分とする)所論は原判決を破毀するに足る事山とはならない。 七 論旨は、原判決において沒收した押收品中昭和二二年押第四一二號中の一、二の物件の所有權は、讓渡人である被告人から讓受人に移轉したものであつて、從つて犯人以外の者の所有に屬するから沒收することはできぬと主張する。しかし、これらの物件は本件犯罪行爲の組成物であつて何人の所有をも許さざる法禁物であるから刑法第一九條第一項第一號及び第二項によつて犯人以外の者に屬しないものとして沒收するを相當とする。
一 有毒飮食物等取締令第一條第一項の「飮食物」の意義 二 有毒飮食物等取締令第一條の「讓渡」が有償であるか無償であるかについての判示要否 三 アルコールを飮用として讓渡する者の注意義務 四 證據の取捨の自由と憲法第三七條第一項 五 アルコールを飮用として讓渡する者の注意義務と被害者の過失 六 有毒飮食物等取締令第一條第一項に該當するアルコールの讓渡數量及び讓受人の人數の誤認と審理不盡の有無 七 法禁物の沒收
有毒飮食物等取締令1條1項,有毒飮食物等取締令第1條,有毒飮食物等取締令1條,刑訴法360條第1項,刑訴法210條,刑訴法337條,刑訴法360條1項,憲法37條1項,刑法19條
判旨
製造元や性質が不明な工業用アルコールを飲食用に譲渡する場合、確実な方法で成分を検査し、飲用可能であることを確認すべき注意義務がある。被害者に過失があるとしても、加害者の注意義務違反に基づく過失致死罪の成立は妨げられない。
問題の所在(論点)
製造元・性質不明の工業用アルコールを譲渡する際の注意義務の内容、および被害者の過失が加害者の過失致死罪の成否に及ぼす影響が問題となる。
事件番号: 昭和24(れ)2486 / 裁判年月日: 昭和25年2月28日 / 結論: 棄却
原判決に示されているように、判示のような出所不明確なアルコールを他に飲用として販賣讓渡するについては、信頼すべき確實な方法によつてその成分を検査し、飲用に供して差支えないかを一應確かめた上、飲用者の生命身体に不測の危害を起さしめないように注意すべき義務があるにも拘らず、被告人はこのような注意義務を怠つた結果右のアルコー…
規範
製造元が不明で、かつその性質も判明していない、特に工業用として品質不良のアルコールを飲用目的で他者に譲渡する者は、確実な方法によってその成分を検査し、飲用して差し支えないものであることを確かめるべき注意義務を負う。また、被害者に過失があったとしても、加害者の注意義務違反に基づく刑事責任は当然には消滅しない。
重要事実
被告人は、製造元が不明で性質も不明な、工業用として品質不良のメタノール含有アルコールを、飲用に供する目的で他者に譲渡した。被告人は、当該アルコールを水で3倍に薄めたのみで、確実な方法による成分検査を行わずに譲渡した。その結果、譲受人がこれを飲用し、メタノール中毒により死亡するに至った。弁護人は、被害者側にも飲用上の過失があることや、譲渡が無償である可能性等を理由に無罪を主張した。
あてはめ
本件アルコールは製造元が不明で品質不良の工業用という危険な性質を有していた。このような物を飲食用に提供する以上、単に水で希釈するだけでは足りず、専門的な検査で安全性を確認すべき高度な注意義務が課される。被告人はこれを怠り、漫然と譲渡したといえる。また、被害者がこれを飲んだことに過失があったとしても、被告人の「安全を確認せずに譲渡した」という過失行為と死亡結果との間の因果関係や責任を否定するものではない。
結論
被告人には過失致死罪が成立する。譲渡の有償・無償の別や、被害者側の過失の有無は、被告人の注意義務違反に基づく罪の成立を左右しない。
実務上の射程
過失犯における注意義務の具体化(予見可能性に基づく結果回避義務)の基準を示す。特に人の生命・身体に危険を及ぼす可能性のある物を供給する際の「確実な方法による検査」義務を強調しており、食品・薬品等の安全性が問題となる事案で援用可能である。
事件番号: 昭和22(れ)166 / 裁判年月日: 昭和23年3月13日 / 結論: 棄却
一 有毒飲食物等取締令第四條後段に「過失により違反したる者亦同じ」と規定したのは、過失に基く場合も亦故意に基く場合と同一の法定刑を以て處断するとの意であつて、其の法定刑の中懲役刑を以つて處斷するか罰金刑を以つて處斷するかは原審裁判所の自由裁量に委かされたところである。 二 近頃アルコール中にメタノールを含有するものがあ…
事件番号: 昭和25(れ)588 / 裁判年月日: 昭和25年12月1日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】メタノール含有アルコールの譲渡において、飲用の危険が明らかな場合には単なる警告だけでは足りず、譲渡自体を控えるべき注意義務がある。また、譲受人が第三者に分与して死亡させた結果についても、その分与が予見可能であれば譲渡人に過失致死罪の責任が認められる。 第1 事案の概要:被告人Aは、メタノールを含む…
事件番号: 昭和23(れ)566 / 裁判年月日: 昭和23年8月11日 / 結論: 棄却
一 近時アルコール中に一ミリグラムを超えるメタノールを含有するいわゆるメチルアルコールを飮用して生命身體に危害を受けた事例は頻々として新聞紙上其の他にも報道せられかかる飮料が危險物であることは一般通常人に知れ渡つているものと解すべきである。それ故該飮料の製造元も明らかでなく又その性質も判然としていない。アルコールを飮料…
事件番号: 昭和23(れ)1811 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 棄却
被告人はメチルアルコールを飮んで死んだり失明したりした人のあることを人から聞いて知つていた事實を確定した上、右のようなアルコールを飮用に供するために他人に賣渡すには專門家の鑑定を受けるなど科學的方法によつて法令の許容する率(一立方糎中一瓱以下)を超えたメタノールを含有するものではないことを確めた上でなければこれを賣渡し…