一 有毒飲食物等取締令第四條後段に「過失により違反したる者亦同じ」と規定したのは、過失に基く場合も亦故意に基く場合と同一の法定刑を以て處断するとの意であつて、其の法定刑の中懲役刑を以つて處斷するか罰金刑を以つて處斷するかは原審裁判所の自由裁量に委かされたところである。 二 近頃アルコール中にメタノールを含有するものがあり、之を飲用して生命身體に不測の危害を被むる者往々に存するという事實を知つて居る者が製造元も明かでなく又其の性質も判らないアルコールを他に飲用として販賣するに付いては信頼するに足る確實な方法によつて其の成分を檢査し飲用して差支ないものであることが確かめ飲用者に不測の身體障害を起させることのないよう注意すべき義務がある。
一 有毒飲食物等取締令第四條後段の法意 二 有毒飲食物取締令第四條に於ける注意義務
有毒飲食物等取締令4條,有毒飲食物等取締令1條1項
判旨
製造元や性質が不明なアルコールを飲食用に販売する者は、信頼に足る確実な方法で成分を検査し、飲用者の生命身体に危害を及ぼさないよう確認すべき注意義務を負う。メタノール混入による中毒被害が社会的に周知されている状況下では、単に自身や知人が飲んで無事だったという主観的事実のみをもって注意義務を果たしたとは言えず、過失の成立が認められる。
問題の所在(論点)
製造元不明のアルコールを販売する際、単に「自ら飲んでみて異状がなかった」という程度の確認で、有毒飲食物等取締令上の過失(注意義務違反)を否定できるか。
規範
製造元が不明で性質も判然としないアルコールを他に飲用として販売する者は、信頼するに足る確実な方法によってその成分を検査し、飲用して差し支えないものであることを確かめ、飲用者に不測の身体障害を起させることのないよう注意すべき義務を負う。
重要事実
被告人は、新築祝い等のために、親戚を通じて入手した製造元不明のアルコールを、隣人らに飲用として分譲した。当時、アルコールにメタノールが含有され中毒死傷者が発生している事実は社会的に知られていた。被告人は、以前に同種のものを飲んで無事だった経験や、入手時に自ら少量飲用して異状がなかったことから安全だと信じていたが、実際には分譲したアルコールに46%のメタノールが含まれており、これを飲んだ複数の近隣住民が中毒症状を呈し、死者も出た。
事件番号: 昭和24(れ)2486 / 裁判年月日: 昭和25年2月28日 / 結論: 棄却
原判決に示されているように、判示のような出所不明確なアルコールを他に飲用として販賣讓渡するについては、信頼すべき確實な方法によつてその成分を検査し、飲用に供して差支えないかを一應確かめた上、飲用者の生命身体に不測の危害を起さしめないように注意すべき義務があるにも拘らず、被告人はこのような注意義務を怠つた結果右のアルコー…
あてはめ
当時、メタノール含有アルコールによる被害が頻発していた事実(公知の事実)に照らせば、飲食用に供する目的で販売する者には、客観的・科学的な成分検査等による安全確認義務が課される。被告人は製造元も性質も不明な物を扱っており、高度の危険が予見可能であった。これに対し、被告人が行った「自ら少量飲んで試した」という行為は、信頼に足る確実な検査方法とはいえず、結果として中毒被害を防止するための注意義務を尽くしたとは評価できない。したがって、被告人には同令違反の過失が認められる。
結論
被告人の行為には過失が認められ、有毒飲食物等取締令第1条1項、第4条(過失犯)が適用される。上告棄却。
実務上の射程
本判決は、生命身体に直接の危険を及ぼす物品を流通させる際の注意義務の程度を示している。特に社会的に危険が周知されている状況下では、単なる主観的な安全確認や経験則のみでは足りず、客観的・確実な確認手段を講じない限り過失が肯定されやすいことを示唆しており、過失の予見可能性・結果回避義務の判断において重要な指標となる。
事件番号: 昭和23(れ)659 / 裁判年月日: 昭和23年11月25日 / 結論: 棄却
一 有毒飮食物等取締令第一條第一項の「飮食物」は、所論のごとく「販賣」の用に供する飮食物に限定すべき理由はない。 二 有毒飮食物等取締令第一條の「讓渡」が有償であるか無償であるかは同條違反罪の成否に關係がないから、その何れに屬するかを判示しなくとも審理不盡ということはできぬ。 三 製造元も明らかでなく、又その性質も判ら…
事件番号: 昭和23(れ)566 / 裁判年月日: 昭和23年8月11日 / 結論: 棄却
一 近時アルコール中に一ミリグラムを超えるメタノールを含有するいわゆるメチルアルコールを飮用して生命身體に危害を受けた事例は頻々として新聞紙上其の他にも報道せられかかる飮料が危險物であることは一般通常人に知れ渡つているものと解すべきである。それ故該飮料の製造元も明らかでなく又その性質も判然としていない。アルコールを飮料…
事件番号: 昭和22(れ)301 / 裁判年月日: 昭和23年3月20日 / 結論: 棄却
被告人がメタノールであることを知りながら、そのメタノールを讓渡した場合には、昭和二一年六月一七日勅令第三二五號による改正前の有毒飲食物等取締令第一條違反の故意犯が成立すると同時に、そのものの有毒性であることを過失によつて知らなかつた場合には、同時に刑法過失致死罪が成立し、刑法第五四條一項前段の適用がある。
事件番号: 昭和26(あ)1377 / 裁判年月日: 昭和27年6月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】有毒飲食物等取締令における「販売」の罪の成立に関し、メタノールを含有しないものと軽信した過失があり、かつ飲用に供するものであることを認識して販売した場合には、同令一条二項及び四条一項後段の罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、飲用に供する目的で販売した飲食物にメタノールが含有されていたにもか…