被告人がメタノールであることを知りながら、そのメタノールを讓渡した場合には、昭和二一年六月一七日勅令第三二五號による改正前の有毒飲食物等取締令第一條違反の故意犯が成立すると同時に、そのものの有毒性であることを過失によつて知らなかつた場合には、同時に刑法過失致死罪が成立し、刑法第五四條一項前段の適用がある。
有毒飲食物等取締令第一條違反の故意犯と刑法の過失致死罪
有毒飲食物等取締令1條,刑法54條1項,刑法210條
判旨
行政取締法規の違反罪において、処罰に故意を要する場合であっても、対象物が当該法規の規制対象であることを認識していれば故意は認められる。対象物の有毒性等の危険性という結果発生の予見可能性に係る認識を欠いていたとしても、それは過失致死罪等の成否に関わるのみであり、取締法規違反の故意を阻却しない。
問題の所在(論点)
有毒飲食物等取締令(改正前)違反罪の成立に故意が必要とされる場合において、譲渡対象が「メタノール」であると認識しながら、その「有毒性(危険性)」を認識していなかった場合に、同罪の故意が認められるか。
規範
特段の規定がない限り、行政取締法規の違反罪の成立には、刑法総則の原則に従い、客観的構成要件に該当する事実の認識(故意)を要する。もっとも、その故意の成否は、当該法規が禁止する行為(本件では有害物の譲渡)自体の認識があれば足り、その行為から生じる具体的な致死傷等の結果や危険性についての認識は、当該取締法規違反の故意の構成要素ではない。
重要事実
被告人は、勤務先のドラム缶に「メタノール」と表記されていた自動車用燃料がメタノールであることを知りながら、知人Aに譲渡した。被告人は、当該メタノールが飲用不可なメチルアルコールとは別物であり、飲んでも害はないと軽信していたが、Aがこれを飲用した結果、死亡した。原審は、有毒飲食物等取締令違反と過失致死罪の観念的競合を認めたため、被告人は「改正前の取締令は故意犯のみを処罰するものであり、有害性の認識がない以上、故意が認められず無罪である」と主張して上告した。
事件番号: 昭和23(れ)202 / 裁判年月日: 昭和23年7月14日 / 結論: 棄却
一 「メチルアルコール」であることを知つて之を飮用に供する目的で所持し又は讓渡した以上は、假令「メチルアルコール」が法律上その所持又は讓渡を禁ぜられている「メタノール」と同一のものであることを知らなかつたとしても、それは單なる法律の不知に過ぎないのであつて、犯罪構成に必要な事實の認識に何等缺くるところがないから犯意があ…
あてはめ
被告人は、譲渡した物品が「メタノール」であることを十分に認識していた。これは、取締令が禁止する「有毒な飲食物等」の譲渡という客観的事実に対する認識に他ならない。一方で、被告人が「飲んでも害がない」と誤信していた点は、物品の有毒性という危険性に関する認識の欠如であり、これは過失致死罪の成立根拠(過失)となる事実である。したがって、物品がメタノールであるという認識がある以上、取締令違反の故意は成立し、同時に致死の結果に対する予見不全がある点において過失致死罪が成立する。
結論
被告人には、物品がメタノールであることの認識に基づき、改正前有毒飲食物等取締令違反罪の故意が認められる。これと過失致死罪の両罪を認めた原判決に法理の誤りはない。
実務上の射程
行政取締法規における「故意」の対象を、規制対象物の属性(メタノールであること等)の認識に限定し、法益侵害の具体的な危険性や結果の認識を切り離して構成する実務上の判断枠組みを示している。一つの行為から、故意による行政法規違反と、過失による結果犯(過失致死等)が並存し得ることを肯定した点に意義がある。
事件番号: 昭和22(れ)166 / 裁判年月日: 昭和23年3月13日 / 結論: 棄却
一 有毒飲食物等取締令第四條後段に「過失により違反したる者亦同じ」と規定したのは、過失に基く場合も亦故意に基く場合と同一の法定刑を以て處断するとの意であつて、其の法定刑の中懲役刑を以つて處斷するか罰金刑を以つて處斷するかは原審裁判所の自由裁量に委かされたところである。 二 近頃アルコール中にメタノールを含有するものがあ…
事件番号: 昭和23(れ)659 / 裁判年月日: 昭和23年11月25日 / 結論: 棄却
一 有毒飮食物等取締令第一條第一項の「飮食物」は、所論のごとく「販賣」の用に供する飮食物に限定すべき理由はない。 二 有毒飮食物等取締令第一條の「讓渡」が有償であるか無償であるかは同條違反罪の成否に關係がないから、その何れに屬するかを判示しなくとも審理不盡ということはできぬ。 三 製造元も明らかでなく、又その性質も判ら…
事件番号: 昭和23(れ)1199 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 破棄差戻
原判決は被告人A及び同Bは、何れも「判示品物がメタノールであるとのはつきりした認識はなかつたが之を飮用に供すると身体に有害であるかも知れないと思つたにも拘らずいずれも飮用に供する目的で」之を所持し又は販賣した旨説示してゐるのである、右説示では被告人等は判示品物がメタノールであることは認識していなかつたというに歸し有毒飮…
事件番号: 昭和23(れ)1197 / 裁判年月日: 昭和24年2月22日 / 結論: 破棄差戻
一 該品物がメタノールであるとのはつきりした認識なく、ただ身體に有害であるかも知れないと思つただけで有毒飲食物等取締令第一條違反の犯罪に對する未必の故意ありとはいい得ない。 二 原判決の認定した事實によれば被告人が原審相被告人等と本件メタノールを共同して購入したことは明らかであるが、本件メタノールを所持した事實及び販賣…