一 「メチルアルコール」であることを知つて之を飮用に供する目的で所持し又は讓渡した以上は、假令「メチルアルコール」が法律上その所持又は讓渡を禁ぜられている「メタノール」と同一のものであることを知らなかつたとしても、それは單なる法律の不知に過ぎないのであつて、犯罪構成に必要な事實の認識に何等缺くるところがないから犯意があつたものと認むるに妨げない。 二 被告人が公判廷で豫審における供述と異なる供述をした場合に、そのいづれを措信し採用するかは、裁判所が自由な判斷で之を定めることができるのであるから、論旨は結局事實裁判所の專權に屬する證據の取捨判斷を非難し原審の採用しなかつた證據にもとずいて原審事實認定を攻撃する趣旨に歸し上告適法の理由とはならない。 三 原審證人Aの宣誓手續に所論のような瑕疵があつたとしても原判決は有證言を證據として採用していないのであつて、判決に影響を及ぼさないことが明白であるから、上告の理由となし得ない。
一 「メチルアルコール」が法令にいわゆる「メタノール」であることを知らなかつた場合と法律の不知 二 被告人の豫審における供述と公判における供述と異なる場合と裁判所の採證の自由 三 證人の宣誓手續に瑕疵ある場合と上告理由
有毒飮食者等取締令1條,刑法38條,刑訴法337條,刑訴法411條
判旨
犯罪の構成事実である客観的実態を認識している限り、その対象が法律上禁止されている名称と同一であることの認識を欠いても、それは単なる法律の不知にすぎず、故意(犯意)を阻却しない。
問題の所在(論点)
特定の物質の所持・譲渡が禁じられている場合において、当該物質の通称(メチルアルコール)を認識しながら、それが法律上の名称(メタノール)と同一であることを知らない場合、犯罪構成事実に欠けるところがあるとして故意が阻却されるか。
規範
刑法における故意(犯意)が認められるためには、犯罪構成要件に該当する具体的情報の認識が必要である。一方で、自己の行為が法的に禁止されていることの認識(違法性の意識)そのものは、構成要件的故意の成立に必須ではなく、事実の認識がある以上、それが特定の禁止物質に該当するという法律上の評価を欠いても「法律の不知」(刑法38条3項)として故意を妨げない。
事件番号: 昭和23(れ)1199 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 破棄差戻
原判決は被告人A及び同Bは、何れも「判示品物がメタノールであるとのはつきりした認識はなかつたが之を飮用に供すると身体に有害であるかも知れないと思つたにも拘らずいずれも飮用に供する目的で」之を所持し又は販賣した旨説示してゐるのである、右説示では被告人等は判示品物がメタノールであることは認識していなかつたというに歸し有毒飮…
重要事実
被告人は、飲用目的で「メチルアルコール」を所持し、その一部を他者に譲渡した。当時、法律上はその所持・譲渡が禁じられている物質として「メタノール」が規定されていた。被告人は、当該液体が「メチルアルコール」であることを認識していたが、それが法律で禁じられている「メタノール」と同一のものであるという認識は欠いていたと主張し、犯意(故意)の欠如を訴えて上告した。
あてはめ
本件において、被告人は所持・譲渡した液体が「メチルアルコール」であることを認識して行動している。この「メチルアルコール」という認識は、法律が規制対象とする「メタノール」という客観的事実そのものの認識にほかならない。したがって、両者が法律上同一の禁止物質であるという知識を欠いていたとしても、それは事実の錯誤ではなく、自己の行為が法に触れるか否かという法律の解釈に関する不知にすぎない。ゆえに、犯罪構成要件に該当する事実の認識に欠けるところはなく、故意(犯意)は認められる。
結論
メチルアルコールとメタノールの同一性を知らなくとも、前者の認識がある以上、犯罪構成事実に欠けるところはなく、故意の成立を妨げない。
実務上の射程
故意の対象となる「事実」と、その法的評価である「法律」を区別する古典的判例。答案上は、刑法38条3項の「法律を知らなかったとしても、罪を犯す意思がなかったとすることはできない」旨の論証において、事実の認識(構成要件的故意)が認められる限界を示す際に引用できる。
事件番号: 昭和23(れ)1197 / 裁判年月日: 昭和24年2月22日 / 結論: 破棄差戻
一 該品物がメタノールであるとのはつきりした認識なく、ただ身體に有害であるかも知れないと思つただけで有毒飲食物等取締令第一條違反の犯罪に對する未必の故意ありとはいい得ない。 二 原判決の認定した事實によれば被告人が原審相被告人等と本件メタノールを共同して購入したことは明らかであるが、本件メタノールを所持した事實及び販賣…
事件番号: 昭和23(れ)786 / 裁判年月日: 昭和23年12月7日 / 結論: 棄却
一 憲法第三八條第三項並に日本國憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第一〇條第三項は犯罪事實の全般にわたつて被告人に不利益な證據は被告人の自白以外には存在しない場合の規定であつて犯罪事實の一部については被告人の自白以外の證據がなくとも他の部分については被告人の自白以外の證據がある場合には右法條にふれないと…
事件番号: 昭和22(れ)301 / 裁判年月日: 昭和23年3月20日 / 結論: 棄却
被告人がメタノールであることを知りながら、そのメタノールを讓渡した場合には、昭和二一年六月一七日勅令第三二五號による改正前の有毒飲食物等取締令第一條違反の故意犯が成立すると同時に、そのものの有毒性であることを過失によつて知らなかつた場合には、同時に刑法過失致死罪が成立し、刑法第五四條一項前段の適用がある。
事件番号: 昭和25(れ)335 / 裁判年月日: 昭和25年6月20日 / 結論: 棄却
一 原判決は擬律の點においては有毒飲食物等取締令第一條を適用しているに過ぎないけれども本件アルコールがドラム罐入り工業用アルコールであることを判示しているところから見ると、右アルコールを同條第一項の「飲食物」とは認めないで同條第二項を適用いた趣旨であること明らかである。 二 有毒飲食物等取締令第一條第二項違反の犯罪が成…