原判決は被告人A及び同Bは、何れも「判示品物がメタノールであるとのはつきりした認識はなかつたが之を飮用に供すると身体に有害であるかも知れないと思つたにも拘らずいずれも飮用に供する目的で」之を所持し又は販賣した旨説示してゐるのである、右説示では被告人等は判示品物がメタノールであることは認識していなかつたというに歸し有毒飮食物等取締例第一條違反の罪の構成要件である故意のあつた事例の判示を欠くものといわなければならない、たゞ原判決には「判示品物が之を飮用に供すると身体に有害であるかも知れないと思つたにも拘らず」と説示しているので、これを以つて被告人にいわゆる未必の故意あるものと認定した趣旨であるかもしれないが、しかし飲用に供すると身体に有害であるかもしれないと思つたというだけでは直に被告人等が判示品物はメタノールであるかもしれないと思つたものとはいえないから本條違反の罪につきいわゆる未必の故意があつたものということはできない。又原判決が事實摘示をその證據説示の部と相待つてみても原判決が被告人等に判示品物がメタノールであることを認識し又はこれを未必的に認識しながら敢えて、判示行爲を爲したものと判示したものと認めることはできない。してみれば原判決が被告人等の所爲に對し前記取締令第一條に故意に違反したものとして同令第四條第一項(原判決に同令第四條第一項前段とあるが改正前の同令第四條第一項には前段後段の區別はない)を適用したのは罪とならない事實に罰條を適用した違法があるか、又は右罰條の前提をなす、被告人等に故意があつたか否かの事實を確定しない審理不盡の違法あるものであつて論旨は理由がある。
有毒飮食物等取締例違反の故意犯として處罰するに當り故意の内容を明確にしない判決の違法
有毒飮食物等取締令1條,有毒飮食物等取締令4條1項
判旨
有毒飲食物等取締令違反の罪(故意犯)が成立するためには、対象物が「メタノール」等であることを認識している必要があり、単に「身体に有害であるかも知れない」という認識のみでは未必の故意すら認められない。
問題の所在(論点)
1. 特定の成分(メタノール)を対象とする取締法規において、対象物の成分を明確に認識せず「身体に有害かもしれない」という抽象的な認識のみで故意(特に未必の故意)が認められるか。 2. 証拠調手続を経ていない書面を罪の認定の資料に供することの適否。
規範
特定の構成要件的要素(本件では対象物がメタノールであること)を処罰の対象とする罪においては、当該要素を具体的に認識していることを要する。いわゆる未必の故意が認められるためには、当該事実が発生する可能性を具体的に認識(予見)し、かつ、それを認容していることが必要であり、抽象的に「有害であるかもしれない」と認識しているだけでは足りない。
事件番号: 昭和23(れ)1197 / 裁判年月日: 昭和24年2月22日 / 結論: 破棄差戻
一 該品物がメタノールであるとのはつきりした認識なく、ただ身體に有害であるかも知れないと思つただけで有毒飲食物等取締令第一條違反の犯罪に對する未必の故意ありとはいい得ない。 二 原判決の認定した事實によれば被告人が原審相被告人等と本件メタノールを共同して購入したことは明らかであるが、本件メタノールを所持した事實及び販賣…
重要事実
被告人A及びBは、改正前の有毒飲食物等取締令施行下において、飲食物を所持・販売した。原審は、被告人らが「当該品物がメタノールであるとはっきりした認識はなかった」としつつも、「飲用に供すると身体に有害であるかもしれないと思った」ことから、同令違反の罪の故意を認め、有罪とした。また、証拠調手続において、被告人Aに対する検事聴取書を適法な証拠調を経ずに被告人Bの犯罪事実認定の資料とした。
あてはめ
1. 本件取締令1条違反が成立するには、対象が「メタノール」等であることを認識して禁止行為を行う必要がある。原判決は「メタノールであるとの認識はない」と認定しており、これは故意の判示を欠く。また、「有害かもしれない」という認識は、直ちに「メタノールであるかもしれない」という具体的予見には結びつかず、未必の故意を基礎付ける事実としても不十分である。 2. 公判調書によれば、被告人Aに対する検事聴取書について適法な証拠調手続(内容の告知や意見弁解の聴取)が行われた形跡がない。それにもかかわらずこれを被告人Bの罪証としたのは、証拠裁判主義に反する違法がある。
結論
被告人らに故意(未必の故意を含む)があったことを確定せずに罰条を適用した原判決には、適用誤り又は審理不尽の違法があり、破棄を免れない。また、証拠調を経ない証拠を罪証とした点も違法であるため、原判決を破棄し、本件を差戻す。
実務上の射程
故意(38条1項)の対象となる客体の認識について、抽象的な危険性の認識(有害性の認識)だけでは足りず、具体的構成要件に合致する客体(メタノール)の認識が必要であることを示した。未必の故意の認定において、具体的予見の対象を厳格に画定する際の準拠となる。
事件番号: 昭和23(れ)786 / 裁判年月日: 昭和23年12月7日 / 結論: 棄却
一 憲法第三八條第三項並に日本國憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第一〇條第三項は犯罪事實の全般にわたつて被告人に不利益な證據は被告人の自白以外には存在しない場合の規定であつて犯罪事實の一部については被告人の自白以外の證據がなくとも他の部分については被告人の自白以外の證據がある場合には右法條にふれないと…
事件番号: 昭和23(れ)202 / 裁判年月日: 昭和23年7月14日 / 結論: 棄却
一 「メチルアルコール」であることを知つて之を飮用に供する目的で所持し又は讓渡した以上は、假令「メチルアルコール」が法律上その所持又は讓渡を禁ぜられている「メタノール」と同一のものであることを知らなかつたとしても、それは單なる法律の不知に過ぎないのであつて、犯罪構成に必要な事實の認識に何等缺くるところがないから犯意があ…
事件番号: 昭和23(れ)1811 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 棄却
被告人はメチルアルコールを飮んで死んだり失明したりした人のあることを人から聞いて知つていた事實を確定した上、右のようなアルコールを飮用に供するために他人に賣渡すには專門家の鑑定を受けるなど科學的方法によつて法令の許容する率(一立方糎中一瓱以下)を超えたメタノールを含有するものではないことを確めた上でなければこれを賣渡し…
事件番号: 昭和26(あ)1377 / 裁判年月日: 昭和27年6月19日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】有毒飲食物等取締令における「販売」の罪の成立に関し、メタノールを含有しないものと軽信した過失があり、かつ飲用に供するものであることを認識して販売した場合には、同令一条二項及び四条一項後段の罪が成立する。 第1 事案の概要:被告人は、飲用に供する目的で販売した飲食物にメタノールが含有されていたにもか…