一 憲法第三八條第三項並に日本國憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第一〇條第三項は犯罪事實の全般にわたつて被告人に不利益な證據は被告人の自白以外には存在しない場合の規定であつて犯罪事實の一部については被告人の自白以外の證據がなくとも他の部分については被告人の自白以外の證據がある場合には右法條にふれないということは當裁判所が屡々判例とするところである。 二 アルコールを他人に飮用として販賣する者はすでにメチールが含有しているかも知れぬという疑いをもつたならば確實な方法によつて其成分を檢査し飮用に供しても差支へないものであることを確かめ飮用者に不測の障害を與えない樣細心の注意をしなければならないことは云うをまたないことであつて所論喜作から專門家が鑑定して販賣しても差支ない物だと告げられたとしても自ら試飮した時味が惡いし又ドラム罐に入つているので變だと思い一般に云はれているメチールが入つているのではなかろうかと疑いを起しながら何等確實な檢査をしないで其まま販賣したのであるから注意を怠つた者でないとは云い得ない。 三 被告人は、これに對し犯意も過失もなかつたと主張し、犯意も過失もない者を罰するのは、憲法違反であるという論旨の如きは憲法違反であるとの字句はあるが其實質は原審の事實認定を批難する以外の何ものでもなく裁判所法第一〇條に該當しない。
一 犯罪事實の一部につき被告人の自白以外の證據がない場合と憲法第三八條第三項及び刑訴應急措置法第一〇條第三項 二 アルコールを飮用として他人に販賣する者の注意義務 三 憲法違反に名を藉り原審の事實認定を非難する上告論旨と裁判所法第一〇條
憲法38條3項,刑訴應急措置法10條3項,有毒飮食物等取締令1條1項,裁判所法10條1號
判旨
飲用アルコールに有害なメチール(メタノール)が混入している可能性を認識しながら、確実な検査を行わずに販売した行為につき、未必の故意による犯罪の成立を認めた。
問題の所在(論点)
結果発生の確実な予見がない場合であっても、有害物質混入の疑念を抱きながら販売を継続した行為に「犯罪の意思(犯意)」が認められるか。未必の故意の成否が問題となる。
規範
構成要件的結果の発生が確定的でない場合であっても、結果発生の可能性を認識・予見し、かつそれを容認して行為に及んだときは、未必の故意が認められる。また、重大な危害を生じさせる具体的疑念を抱いた場合には、その疑念を解消すべき注意義務に違反して漫然と行為を継続すれば、主観的態様として犯意の認定を妨げない。
事件番号: 昭和23(れ)1199 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 破棄差戻
原判決は被告人A及び同Bは、何れも「判示品物がメタノールであるとのはつきりした認識はなかつたが之を飮用に供すると身体に有害であるかも知れないと思つたにも拘らずいずれも飮用に供する目的で」之を所持し又は販賣した旨説示してゐるのである、右説示では被告人等は判示品物がメタノールであることは認識していなかつたというに歸し有毒飮…
重要事実
被告人Cはアルコールを販売する際、自ら試飲して味が悪いと感じ、ドラム缶に入っている状況も不自然であると考えた。Cは「一般に言われているメチールが入っているのではないか」との疑念を抱いたが、他者から「専門家が鑑定したから大丈夫だ」と言われたことを信じ、自ら確実な成分検査等を行うことなく、そのまま飲用として販売した。その結果、当該アルコールには実際にメタノールが含まれていた。
あてはめ
被告人は、試飲時の異味や保管状況から、有害なメタノール混入の可能性を具体的に疑っている。このような場合、飲用者の生命・身体に不測の障害を与えないよう、確実な方法で成分を検査し、安全性を確認すべきであった。にもかかわらず、被告人は「滅多なこともあるまい」と安易に考え、疑念を解消しないまま販売を強行している。これは、有害な結果が発生してもやむを得ないという容認の意思、すなわち未必の故意があるといえる。単なる過失にとどまらず、犯意(故意)があると認定するのが相当である。
結論
有害物質混入の具体的疑念を抱きながら、確実な検査をせずに販売した行為には未必の故意が認められ、有罪とした原判決に違法はない。
実務上の射程
未必の故意の具体的認定手法を示す重要判例。客観的な異常事態の認識(味・容器)から「疑念」の存在を導き、回避措置(検査)の欠如から「容認」を推認する論理構成は、現代の刑事実務でも規範とされる。
事件番号: 昭和23(れ)1197 / 裁判年月日: 昭和24年2月22日 / 結論: 破棄差戻
一 該品物がメタノールであるとのはつきりした認識なく、ただ身體に有害であるかも知れないと思つただけで有毒飲食物等取締令第一條違反の犯罪に對する未必の故意ありとはいい得ない。 二 原判決の認定した事實によれば被告人が原審相被告人等と本件メタノールを共同して購入したことは明らかであるが、本件メタノールを所持した事實及び販賣…
事件番号: 昭和23(れ)202 / 裁判年月日: 昭和23年7月14日 / 結論: 棄却
一 「メチルアルコール」であることを知つて之を飮用に供する目的で所持し又は讓渡した以上は、假令「メチルアルコール」が法律上その所持又は讓渡を禁ぜられている「メタノール」と同一のものであることを知らなかつたとしても、それは單なる法律の不知に過ぎないのであつて、犯罪構成に必要な事實の認識に何等缺くるところがないから犯意があ…
事件番号: 昭和26(れ)1486 / 裁判年月日: 昭和26年11月2日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】飲用に供する目的で燃料用アルコールを販売する者は、自らや譲受人が試飲した場合であっても、それがさらに転売されることを予見し得る以上、人体への安全性を確認すべき高度な注意義務を負い、検査を勧告したのみでは過失責任を免れない。 第1 事案の概要:被告人AおよびCは、徳山海軍燃料廠から出されたドラム缶入…
事件番号: 昭和23(れ)1811 / 裁判年月日: 昭和24年4月23日 / 結論: 棄却
被告人はメチルアルコールを飮んで死んだり失明したりした人のあることを人から聞いて知つていた事實を確定した上、右のようなアルコールを飮用に供するために他人に賣渡すには專門家の鑑定を受けるなど科學的方法によつて法令の許容する率(一立方糎中一瓱以下)を超えたメタノールを含有するものではないことを確めた上でなければこれを賣渡し…