判示第一の事実によれば被告人は逃走の目的を以て着衣下に忍ばせていた刃渡り二二糎の肉切庖丁で被害者である看守Aの心喬部を一気に突き刺し同部に肝臓及び横隔膜を貫き左肺下葉に達する刺創を負わせたというのであるから、この行為自体だけでも被告人に殺意のあつたことを窺うに十分である。
殺害行為自体により殺意を推認することの適否
刑法199条,刑訴法317条
判旨
殺意の有無は、犯行の手段・態様、凶器の形状、攻撃部位といった客観的事実から推認することが可能であり、逃走目的で致命傷を与えうる鋭利な刃物により一気に急所を突き刺す行為は、それ自体で殺意を認定するに十分である。
問題の所在(論点)
殺意(刑法199条)の有無の判断基準。具体的には、殺傷能力の高い凶器を用いて急所を一気に突き刺したという客観的事実から、直ちに殺意を肯定できるか。
規範
殺意は内心の事実であるが、犯行に至る経緯、使用された凶器の形状・性状、攻撃の部位・程度、犯行後の行動等の客観的事実を総合的に考慮し、その危険性を認識・認容していたかによって判断される。
重要事実
被告人は、逃走の目的を達成するため、着衣の下に忍ばせていた刃渡り22センチメートルの肉切包丁を用い、看守である被害者の心窩部(みぞおち)を一気に突き刺した。これにより、肝臓及び横隔膜を貫き、左肺下葉に達する刺創を負わせた。
あてはめ
被告人が用いた凶器は刃渡り22センチメートルの肉切包丁であり、十分な殺傷能力を有する。これを「一気に」突き刺すという攻撃態様は強固な殺傷の意思を示し、攻撃部位も人体に致命的影響を与える「心窩部」という急所である。現に肝臓や肺にまで達する深い傷を負わせていることから、死の結果が発生する高度の危険性を認識し、かつ認容していたといえる。
結論
本件行為自体から被告人に殺意があったことを伺うに十分であり、殺人罪の成立を肯定した原判決に誤りはない。
実務上の射程
主観的要素である殺意を客観的事実から認定する手法(いわゆる「推認」)の典型例を示す判例である。答案上は、(1)凶器の殺傷能力、(2)攻撃部位の枢要性、(3)攻撃の強さ・執拗さを摘示し、殺意を肯定する構成の根拠として活用できる。
事件番号: 平成12(あ)425 / 裁判年月日: 平成16年10月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】死刑適用に当たっては、犯行の性質、動機、態様、結果の重大性、遺族の被害感情、社会的影響、計画性、殺意の強固さ、前科等の諸事情を総合考慮し、罪責が極めて重大であって、やむを得ない場合に認められる。 第1 事案の概要:被告人は、過去に自身の強姦致傷事件を通報した女性に逆恨みし、服役中から殺害を計画。出…
事件番号: 平成15(あ)504 / 裁判年月日: 平成18年9月7日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人が深夜、警察官の制止を振り切って走行を続け、追跡を逃れる目的で自動車を加速させ、進行方向にいた警察官の夫人に衝突させて重傷を負わせた行為について、殺人未遂罪の成立を認めた第一審判決を維持した事例(最決平成22年10月11日)。 第1 事案の概要:被告人は警察官の制止を逃れるため、執拗な追跡を…