なお、被害者が殺害されたからとてその死亡によつて直ちに所論財布を何人も所持しなくなるというわけのものでない。そうして盗罪は他人の所持を奪うことによつて成立するのであるから原判決が判示第二の所為を、所論のように占有離脱物の横領とせずに、窃盗罪としたのは正当である。
殺害された被害者の所持する財布を奪取した者の罪責
刑法235条,刑法254条
判旨
被害者が殺害された直後にその所持品を奪う行為は、被害者の死亡によって直ちに占有が消滅するわけではなく、依然として他人の占有を侵害するものとして窃盗罪を構成する。
問題の所在(論点)
死者の占有の成否。被害者を殺害した犯人が、殺害直後にその所持品を奪取した場合に、窃盗罪(235条)が成立するか、あるいは占有離脱物横領罪(254条)にとどまるか。
規範
窃盗罪(刑法235条)は、他人が占有する財物を、その意に反して自己又は第三者の占有に移すことで成立する。被害者が殺害された場合であっても、その死亡によって直ちに財物の占有が消滅し、誰の所持にも属さなくなるわけではない。したがって、死者から財物を奪う行為も、他人の占有を奪うものとして窃盗罪を構成し得る。
重要事実
被告人が被害者を殺害した後、被害者が所持していた現金20円入りの財布を窃取した。弁護人は、被害者が死亡した以上、その財物は誰の所持にも属さない状態になっており、これを奪う行為は占有離脱物横領罪(刑法254条)にとどまるべきであると主張して上告した。
事件番号: 昭和40(あ)1573 / 裁判年月日: 昭和41年4月8日 / 結論: 棄却
野外において人を殺害した後、領得の意思を生じ、右犯行直後その現場で、被害者が身につけていた腕時計を奪取する行為は、窃盗罪を構成する。
あてはめ
窃盗罪の成否を判断するにあたり、被害者が殺害されたという一事をもって、直ちにその財物が誰の所持にも属さなくなる(無主物あるいは占有離脱物になる)と解することはできない。本件において、被告人は被害者を殺害し、その直後に財布を奪取している。このような状況下では、なお被害者の生前の占有が継続している、あるいは殺害行為と奪取行為との密接な時間的・場所的関連性から他人の占有を否定できない。したがって、被告人の行為は他人の所持を奪うものと評価できる。
結論
被害者が死亡しても直ちに占有が消滅するわけではなく、これを奪う行為は占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪を構成する。本件について窃盗罪の成立を認めた原判決は正当である。
実務上の射程
死者の占有が肯定される典型例。殺害者が殺害直後に奪取した場合は、殺害と奪取に時間的・場所的密接性がある限り、死者の生前の占有が法的に保護され、窃盗罪(または強盗殺人罪等の奪取罪)が成立する。なお、殺害者以外の第三者が偶然死体を見つけて物を持ち去った場合にまで占有を認めるかについては、本判決の直接の射程外であり、別途検討を要する点に注意が必要である。
事件番号: 昭和35(あ)1041 / 裁判年月日: 昭和37年3月16日 / 結論: 棄却
被害者が電車道寄りの歩道端に在つた塵箱の上に革製シヨルダーバツク(カメラ等在中)とカメラの三脚とを置いて右塵箱から約七米離れた店舗内に入り表戸を開けたまま短時間(約五分間)店内にとどまつていたにすぎない場合には、右シヨルダーバツクは被害者の占有を離れたものとはいえない。
事件番号: 昭和25(あ)574 / 裁判年月日: 昭和26年5月18日 / 結論: 棄却
刑事責任の要件の一である因果関係が、法律上の観念であることはいうまでもない。しかし、具体的事案において因果関係があるか否かの判定は、結局当該行為が刑罰法令の定める要件を具備するか否かという事実判断に関するものであるから、単に一定の事情の下に或る行為と結果との間に因果関係を認め難いとしたにすぎない論旨援用の判例を以つて、…