判旨
電車の乗客が車内に置いたままにしている風呂敷包み等の所持品は、依然としてその乗客の占有内にあり、これを持ち去る行為は窃盗罪を構成する。
問題の所在(論点)
電車内において乗客が一時的に手元から離した所持品について、依然として当該乗客の「占有」が認められるか。これにより、窃盗罪(235条)と遺失物等横領罪(254条)のいずれが成立するかが問題となる。
規範
窃盗罪(刑法235条)における「占有」とは、人が物を実力的に支配する関係をいう。占有の有無は、占有の事実(物理的支配)と占有の意思(支配する意思)を総合して判断されるが、物の性質や所在場所、時間的継続性からみて、元の所有者等の支配が及んでいると認められる場合には、依然としてその者の占有が認められる。
重要事実
被告人は、電車内において、氏名不詳の乗客が所持していた風呂敷包み一個を持ち去った。当時、その風呂敷包みは当該乗客の身近に置かれていたか、あるいは一時的に座席等に置かれた状態であったが、被告人はこれを取得した。弁護人は、当該物件は占有を離れた「離脱物」であり遺失物等横領罪が成立するにとどまると主張して上告した。
あてはめ
本件の風呂敷包みは、電車内という限定された空間において、氏名不詳の乗客によって保持されていたものである。判決文によれば、原審は当該物件が依然として「乗客の占有内にあった」と認定しており、最高裁もこれを是認した。乗客が一時的に物件から目を離したり、物理的にわずかに離れたりしたとしても、社会通念上、その場所的関連性や時間的近接性から、依然として当該乗客による事実上の支配(占有)が継続していると評価される。
結論
本件風呂敷包みは氏名不詳の乗客の占有内にあったと認められるため、これを持ち去った行為には窃盗罪が成立する。
実務上の射程
本判決は、占有の存否が争点となる事案において、被害者の物理的支配が希薄であっても、場所的状況(電車内等)に鑑みて占有の継続を肯定する実務上の基準を示している。答案上は、遺失物等横領罪との区別が問題となる場面で、客観的な支配可能性と主観的な支配意思の有無を具体的事実から認定する際の根拠として活用できる。
事件番号: 昭和35(あ)2073 / 裁判年月日: 昭和37年5月18日 / 結論: 棄却
列車の終着駅で出口近くの座席に乗つていた被害者が網棚の上にシヨルダーバツグを置き忘れたまま下車し、同一車内の他の乗客はまだ全部降りきらないうちに、かねて乗客の持物を狙つて乗車していた犯人がこれを持ち去つたという事情の下においては右シヨルダーバツグは、未だ被害者の占有を離れたものではないと認むべきである。