一 刑法上の占有は人が物を実力的に支配する関係であつて、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によつて一様ではないが、必ずしも物の現実の所持または監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するを以つて足りる。 二 被害者がバスを待つ間に写真機を身辺約三〇糎の個所に置き、行列の移動に連れて改札口の方に進んだが、改札口の手前約三・六六米の所に来たとき、写真機を置き忘れたことに気づき直ちに引き返したところ、既にその場から持ち去られていたもので行列が動き始めてからその場所に引き返すまでの時間は約五分、写真機を置いた場所と引き返した点との距離は約一九・五八米に過ぎないような場合は、未だ被害者の占有を離れたものとはいえない。
一 刑法上の占有の意義 二 占有離脱物と認められない一事例
刑法235条,刑法254条
判旨
刑法上の占有は必ずしも現実の所持又は監視を必要とせず、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在すれば足り、その有無は社会通念に従って判断される。置き忘れたことに数分後に気づき、約20メートル離れた地点から直ちに引き返した事案において、被害者の占有は継続していると認められる。
問題の所在(論点)
被害者が写真機を置き忘れてその場を離れた場合において、当該物件について被害者の「占有」が認められ、窃盗罪(刑法235条)が成立するか、あるいは占有離脱物横領罪(同254条)にとどまるか。
規範
刑法上の占有とは、人が物を実力的に支配する関係をいう。その支配の態様は物の形状や具体的事情により一様ではないが、必ずしも物の現実の所持または監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するをもって足りる。その物がなお占有者の支配内にあるといえるか否かは、社会通念によって決すべきである。
重要事実
被害者はバスを待つ行列に並んでいる際、身辺左側約30センチメートルの場所に写真機を置いた。行列の移動に伴い改札口の方へ進んだが、約3.66メートル手前に来た際に置き忘れに気づき、直ちに引き返した。行列移動開始から引き返すまでの時間は約5分であり、引き返した地点から写真機を置いた場所までの距離は約19.58メートルであったが、写真機は既に持ち去られていた。被告人はこれを取得し、遺失物だと思ったと主張した。
あてはめ
本件では、被害者が写真機を置いてから引き返すまでの時間はわずか約5分であり、離れた距離も約19.58メートルに過ぎない。被害者は置き忘れに気づいて直ちに引き返しており、心理的にも支配を継続している。客観的にも、被害者の支配力が及ぶ範囲内に存在していたといえる。また、周囲の状況から、乗客の誰かが一時的に置いた所持品であることは第三者からも容易に認識可能であった。したがって、社会通念上、当該写真機は依然として被害者の実力的支配下にあると評価できる。
結論
本件写真機は依然として被害者の占有下にあり、被告人の行為には窃盗罪が成立する。
実務上の射程
本判決は「時間的・場所的近接性」を基準に、置き忘れ後の占有継続を認める際のリーディングケースである。答案では、占有の有無を「占有の意思」と「占有の事実(客観的支配)」の両面から検討し、社会通念に照らして判断する枠組みを提示する際に用いる。特に被害者がすぐに気づいて引き返した事案では、本判決を引用して占有を肯定する論理が一般的である。
事件番号: 昭和25(あ)2782 / 裁判年月日: 昭和27年2月12日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】電車の乗客が車内に置いたままにしている風呂敷包み等の所持品は、依然としてその乗客の占有内にあり、これを持ち去る行為は窃盗罪を構成する。 第1 事案の概要:被告人は、電車内において、氏名不詳の乗客が所持していた風呂敷包み一個を持ち去った。当時、その風呂敷包みは当該乗客の身近に置かれていたか、あるいは…