判旨
麻薬の所持にあたり、当該物質が麻薬であることを認識している以上、その所持が法律で禁じられていることを知らなかったとしても、それは単なる「法の不知」にすぎず、故意の成立は妨げられない。
問題の所在(論点)
刑法38条1項に関連し、客体が法律上の禁止対象(麻薬)であることを知らなかった場合、事実の錯誤として故意が阻却されるか、あるいは単なる法の不知として故意が認められるか。
規範
故意の成立には、犯罪構成要件に該当する事実の認識が必要であるが、自己の行為が法により禁止されていることの認識(違法性の意識)までは必要としない。したがって、禁止の対象となる客体の属性を認識している以上、その所持が法に抵触することを知らなかったとしても、それは「法の不知」にすぎず、故意を阻却する事実の錯誤には当たらない。
重要事実
被告人は、麻薬取締法で規制されているモルヒネ注射液を所持していた。被告人は元衛生兵であり、第一審の供述において、当該物質を譲り受ける際にそれが「モルヒネ」であることを認識していた旨を認めていた。一方で被告人側は、本件モルヒネ注射液が同法にいう「麻薬」に該当することを知らなかったとして、事実の錯誤により故意が否定されるべきであると主張して上告した。
あてはめ
被告人は、所持していた客体がモルヒネであるという事実を明確に認識していた。モルヒネが法律上の「麻薬」に該当し、その所持が禁止されているという評価(法律的性格の認識)を欠いていたとしても、それは事実そのものの誤認ではなく、法の不知、すなわち違法性の意識の欠如の問題にすぎない。わが国の判例法理上、法の不知は故意の成立を妨げるものではないため、被告人には麻薬所持の故意が認められる。
結論
被告人に事実の錯誤は認められず、麻薬所持の故意が成立する。したがって、上告は棄却される。
実務上の射程
「事実の錯誤」と「法の不知(法律の錯誤)」の区別を論ずる際の古典的判例である。違法薬物事件において、物質自体の認識(例:白い粉末であること、モルヒネであること)があれば、それが『麻薬』という法的カテゴリーに属することの認識がなくても、構成要件的故意を肯定する論理として機能する。
事件番号: 昭和26(あ)3612 / 裁判年月日: 昭和28年4月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】麻薬不法所持罪の成立には、所持の対象となる物が麻薬であることを認識していることが必要であるが、その認識は概括的なもので足り、第一審判決挙示の証拠により当該認識が認められる場合は有罪を維持し得る。 第1 事案の概要:被告人が注射液を所持していたところ、麻薬取締法違反(不法所持)の罪で起訴された。被告…