刑事訴訟法施行法第二條によつて適用される舊刑事訴訟法第三六〇條によれば、法律上犯罪の成立を阻却すべき原由又は刑の加重減兔の原由である事實上の主張があつたときは、これに對して明示的な判斷を與えなければならないが、かかる主張のない場合には、有罪の言渡をする判決において右の原由の存否について、黙示的に判斷すれば足るのである。被告人等は原審において本件犯行の當時心神喪失の状態であつたことを主張したので、原審はこれに對して明示的判斷を與えた。しかし、被告人等が心神耗弱の状態であつたことは少しも主張されていない。そこで原審は被告人等が原判示のような暴行傷害の行爲を行つたことを證據によつて認定した上、刑法の關係法條を適用處斷して被告人等が本件犯行の當時心神耗弱の状態でなかつたことを黙示的に判斷したのである。されば、原判決には所論のような判斷遺脱又は理由不備の違法はない。
被告人が心神喪失の状態にあつたことの主張に對し明示的判斷を與え乍ら主張の存かつた心神耗弱の點につき黙示的判斷しか與えなかつた判決の正否
舊刑訴法360條2項,刑法39條
判旨
有罪判決において、法律上犯罪の成立を阻却すべき原由又は刑の加重減免の原由となる事実の主張がない場合には、判決においてこれら原由の存否につき黙示的な判断があれば足りる。
問題の所在(論点)
刑の減免事由である心神耗弱について当事者からの主張がない場合、裁判所は判決において明示的にその存否を判断すべきか。旧刑事訴訟法360条(現行刑事訴訟法335条2項参照)の「法律上犯罪の成立を阻却すべき原由又は刑の加重減免の原由」に関する判断の要否が問題となる。
規範
法律上、犯罪の成立を阻却すべき原由または刑の加重減免の原由となる事実上の主張があったときは、これに対し判決で明示的な判断を示す必要がある。一方、これらに関する具体的な主張がない場合には、証拠に基づき犯罪事実を認定し、関係法条を適用して処断することにより、当該原由が存在しないことを黙示的に判断すれば足り、判断遺脱や理由不備の違法とはならない。
重要事実
被告人4名は、暴行傷害の罪で起訴された。原審において、被告人らは犯行当時「心神喪失」の状態であったことを主張したが、「心神耗弱」の状態であったことについては何ら主張しなかった。原判決は、心神喪失の主張に対しては明示的に判断を示して排斥した上で、暴行傷害の事実を認定し、刑法を適用して処断した。これに対し、被告人側は心神耗弱の存否について判断を示さなかったことが判断遺脱または理由不備にあたると主張して上告した。
あてはめ
本件において、被告人らは原審で心神喪失については主張したが、心神耗弱の状態については全く主張していない。原審が証拠によって暴行傷害の事実を認定し、刑法の関係規定を適用して処断したことは、被告人らが犯行当時心神耗弱の状態になかったことを黙示的に判断したものといえる。したがって、明示的な判断を欠いていても、手続上の違法は認められない。
結論
心神耗弱の主張がない以上、判決においてその存否を黙示的に判断することで足り、判断遺脱や理由不備の違法はない。
実務上の射程
刑事訴訟法335条2項の「法律上犯罪の成立を阻却すべき原由又は刑の加重減免の原由となる事実」に関する判断の程度を示す。主張がない事由については、有罪認定そのものが当該事由の不在を前提としているため、特段の判示を要しないという実務上の運用を支える。もっとも、証拠上明らかな場合には職権判断が求められる余地がある点には留意が必要である。
事件番号: 昭和28(あ)4658 / 裁判年月日: 昭和30年7月26日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被告人が心神耗弱の主張にとどまり、心神喪失の主張をしていない場合、裁判所が心神喪失の存否について特段の判断を示さずとも、刑訴法335条2項の判断遺脱には当たらない。 第1 事案の概要:被告人は、第一審および控訴審において、心神耗弱の主張は行っていたが、心神喪失の主張は行っていなかった。また、盗犯等…