一 被害始末書は、たとえその作成者の捺印がなくても、裁判所において眞正に成立したものとの心證を得た以上、これを證據とすることは差支えない。所論被害始末書には、作成者Aの名下に捺印はないが、原審はこれを眞正に成立したものと認めたのである。 二 しかし憲法第三六條にいわゆる「残虐な刑罰」とは人道上残酷と認められる刑罰を意味するのであつて被告人の側から見ての過重の刑が「残虐な刑罰」にあたらないことは當裁判所の判例とするところである。(昭和二二年(れ)第三二三号、同二三年六月二三日大法廷判決)從つて本件において原審が被告人に對し懲役一年六月の實刑を科し刑の執行猶豫の言渡をしなかつたことを以て残虐な刑罰ということはできないのであるから論旨は理由がない。
一 作成者の名下に捺印を缺く被害始末書の證據力 二 刑の執行を猶豫しない判決と憲法第三六條にいわゆる「残虐な刑罰」
舊刑訴法337條,憲法36條
判旨
憲法36条が禁ずる「残虐な刑罰」とは、人道上の観点から残酷と認められる刑罰を指し、被告人にとって刑が重すぎるという主観的・相対的な過重性はこれに含まれない。
問題の所在(論点)
1. 宣告された実刑判決(執行猶予なし)が、被告人にとって過重であるという理由で憲法36条の「残虐な刑罰」に該当するか。 2. 作成者の捺印を欠く被害始末書に証拠能力が認められるか。
規範
憲法36条にいう「残虐な刑罰」とは、不必要な苦痛を伴うなど人道上の見地から残酷と認められる種類の刑罰、またはその執行方法を意味する。したがって、個別の事案において被告人側の事情に照らして刑が過重であると感じられる場合であっても、それが直ちに「残虐な刑罰」に該当することはない。
重要事実
被告人は窃盗等の罪に問われ、原審において懲役1年6月の実刑判決を受けた。これに対し被告人側は、執行猶予が付されなかったこと、および量刑が不当に重いことを理由に、当該刑罰が憲法36条の「残虐な刑罰」に当たると主張して上告した。また、証拠として採用された被害始末書に作成者の捺印がない点についても違法を主張した。
あてはめ
1. 「残虐な刑罰」の該否について:憲法36条は人道上の残酷性を禁じたものであり、被告人から見て刑が過重であるという主観的事情はこれに含まれない。本件の懲役1年6月の実刑判決は、その刑罰の種類および態様において人道上残酷なものとは認められない。 2. 被害始末書の証拠能力について:捺印は書面の成立を担保する要素の一つではあるが、捺印がない場合であっても、裁判所が諸般の事情からその書面が真正に成立したものと心証を得たのであれば、証拠として採用することは差し支えない。
結論
懲役1年6月の実刑判決は憲法36条に違反せず、また捺印のない始末書の証拠採用も適法であるため、上告を棄却する。
実務上の射程
憲法36条の「残虐な刑罰」の解釈を示すリーディングケースである。答案上は、死刑制度の合憲性や、法定刑の極端な不均衡が問題となる場面で、本判例の規範(人道上の残酷性という基準)を引用して、具体的な刑罰内容や手続の是非を論じる際の出発点として用いる。
事件番号: 昭和23(れ)1005 / 裁判年月日: 昭和23年11月18日 / 結論: 棄却
一 本件事案は被告人の他に共犯者五名犯行回數六、被害者四名に上る相當複雜なものであるから、諸般の事情を考察すれば被告人が逮捕勾留された昭和二二年一二月一八日から二ケ月目に當る同二三年二月一八日の本件第一審第二回公判廷における自白は、不當に長く抑留若しくは拘禁された後の自白であると認めることはできない。 二 所論の昭和二…