一 被告人がAから顔面を毆打されたのに對し、憤激の餘り日本刀を以て、同人の左下腹部を突差した行爲は正當防衞行爲と認め難い。 二 そもそも三審制を採用する裁判制度において上告審をもつて純然たる法律審とするか又は量刑不當若しくは事實誤認を理由とする上告を認めて事實審理の權限をも上告審に與えるかは、立法政策上の問題であり、從つてこれをいずれに定めるかは立法上の當否の問題として論議され得ても、憲法上の適否の問題として取扱わるべきでない。それ故、刑訴應急措置法第一三條第二項が刑事訴訟法第四一二條乃至第四一四條の規定の適用を排除し、量刑不當又は事實誤認を理由とする上告を許さないことにしたとしても、毫も憲法の保障する國民の基本的人權を侵犯したと見るべき筋合ではない。
一 顔面を毆打された者が憤激の餘り日本刀で、相手方を傷害死に致らしめた場合と正當防衞の成否 二 刑訴應急措置法第一三條第二項の合憲性
刑法36條,憲法13條,刑訴應急措置法13條2項
判旨
正当防衛の成立には、行為が自己の権利を防衛する意思に基づいていることが必要であり、相手方の侵害行為に触発されたとしても、単なる憤激の余りに出た行為は防衛の意思を欠くため、正当防衛とは認められない。
問題の所在(論点)
相手方の先行する不法な侵害行為に触発された場合であっても、行為者が「憤激」により反撃を行った際に、正当防衛(刑法36条1項)における「防衛の意思」が認められるか。
規範
刑法36条1項の正当防衛が成立するためには、「急迫不正の侵害」に対し「自己又は他人の権利を防衛するため」になされたことが必要である。この「防衛するため」といえるためには、単に客観的な防衛の状況が存在するだけでなく、主観的な防衛の意思、すなわち自己の権利を防衛しようとする目的を要するものと解される。したがって、単なる憤激による攻撃的態度は防衛の意思を欠くものとして、正当防衛の成立を妨げる。
重要事実
被告人は、被害者Aから着用中のセーターを譲り渡すよう強要されたが、これを拒絶した。すると、Aはいきなり立ち上がり、被告人の顔面を拳骨で殴打した。これに対し、被告人は憤激のあまり、Aが脇に置いていた日本刀を手に取った。Aがその刀を取り戻しに来たため、被告人は咄嗟にその刀でAの左下腹部を突き刺した。弁護人は、Aが先に暴行を加えたことを理由に正当防衛の成立を主張した。
あてはめ
被告人の本件行為は、確かにAによる顔面殴打という急迫不正の侵害によって誘発されたものである。しかし、事実認定によれば、被告人はAの殴打に対して「憤激の余り」に日本刀を取り上げ、突き刺すに至っている。この態度は、自己の権利を保全しようとする防衛目的から出たものというよりは、憤怒の感情に基づく攻撃的な動機に支配されたものといえる。Aが殴打以外にさらなる侵害を加えようとした形跡もなく、憤激による反撃である以上、主観的な「防衛するため」の要件を欠いていると評価される。
結論
被告人の行為は、自己の権利を防衛するためになされたものとは認められないため、正当防衛は成立しない。
実務上の射程
本判決は「防衛の意思」を正当防衛の成立要件として明示的に求めた初期の判例である。司法試験答案上は、防衛行為が憤激や攻撃意思に基づく場合に、急迫性の欠如として処理するか、本判決のように防衛の意思の欠如として処理するかの判断材料となる。もっとも、憤激していても防衛の意思が併存していれば正当防衛は否定されないため、事実認定において「憤激のみ」なのか「防衛の意思が併存するか」を慎重に検討する際のメルクマールとなる。
事件番号: 昭和27(あ)3533 / 裁判年月日: 昭和28年7月2日 / 結論: 棄却
第一審判決の認定事実によれば、被害者の暴行は、仲裁の余地が存し、従つて、必ずしも急迫の侵害といえないし、また、被告人は自らも喧嘩闘争の決意を起し判示折込ナイフを以て兇器を持たない被害者を殺傷した事態に照し、権利を防衛するため己むことを得ないでした行為ともいえないこと明らかである。
事件番号: 昭和44(あ)1112 / 裁判年月日: 昭和44年10月15日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】急迫不正の侵害に対し、被告人がもっぱら攻撃意思に基づき行為に及んだ場合には、防衛意思が欠如し、また「やむを得ずにした」ものとは解されないため、正当防衛は成立しない。 第1 事案の概要:被告人は被害者から何らかの侵害を受けたが、それに対し被害者への攻撃意思をもって本件行為に及んだ。原審において被告人…