一 人の記憶が時を經るに從つて漸次薄らぐことは論旨のいう通りである。しかし初めは自己の不利益なことを包みかくして居たが、後に考へ直ほして事實を告白するということも有り得るし、又初めは記憶にある事實の一部のみを陳述し後に詳細を述べることも無論有り得る。其故一年經過後の供述が初めの供述より詳細であるからといつて、後の供述は強要によるものだと斷定することは出來ない。 二 要するに原審が傷害の部位、程度の認定の資料として接骨師作成の診斷書を採つたのは違法だというのであるが傷害の部位、程度の認定には必ずしも專門醫の診斷を必要としない、接骨師作成の書面で認定しても違法ではない。 三 古物商取締法第二一條は、「此法律ヲ犯シタル者ニハ刑法(舊)ノ數罪倶發ノ例ヲ用イズ」と規定しているが、この規定は現行刑法の下においては併合罪の規定の適用を排除する意味に解すべきである。
一 一年經過後の供述が最初の供述より詳細である場合と強要の有無 二 接骨師作成の書面により傷害の部位程度を認定することの正否 三 古物商取締法第二一條にいわゆる「數罪倶發ノ例ヲ用イズ」の意議
憲法38條2項,刑訴應急措置法10條2項,舊刑訴法337條,古物商取締法21條
判旨
憲法38条2項は「疑いのある自白」を当然に排除するものではなく、任意性に疑いがない限り証拠能力が認められる。また、傷害の部位や程度の認定において、専門医ではなく接骨師が作成した診断書を証拠として採用することも、裁判所の自由心証の範囲内として許容される。
問題の所在(論点)
1. 任意性に疑いがあるに過ぎない自白は、憲法38条2項等に基づき証拠能力が否定されるか。2. 医師ではない接骨師が作成した診断書に基づき、傷害の部位や程度を認定することは許されるか。
規範
1. 自白の証拠能力(任意性):自白が強制、拷問、脅迫等によらない任意のものである限り、証拠とすることができる。憲法38条2項が禁止するのは強制等による自白であり、単に「任意性に疑いがある」ことのみをもって一律に証拠能力が否定されるわけではない。2. 証拠の証明力:傷害の部位・程度の認定にあたって、専門医の診断書は必須ではなく、接骨師作成の書面の信用性を認めて事実認定の資料とすることは、裁判所の自由心証に委ねられる。
重要事実
被告人Aは、暴行・傷害の事実について当初は一部を秘匿していたが、事件から約1年経過した後の公判廷において詳細な自白を行った。弁護人は、時間が経過した後に供述が詳細になるのは強要によるものであり、任意性に疑いがあるため証拠能力がないと主張した。また、原審が傷害の部位・程度の認定において、接骨師が作成した診断書を証拠としたことの是非も争点となった。
あてはめ
1. 被告人Aの自白について、当初より詳細な供述がなされたのは事実を告白するに至った心理的変化としてあり得ることであり、直ちに強要や圧制によるものとは断定できない。憲法38条2項の文言は強制・拷問・脅迫による自白を対象としており、本件のように任意性があるものと認められる自白を排除する根拠はない。2. 証拠の評価について、診断書の内容が信頼できるか否かは裁判所の合理的な判断(自由心証)に属する。接骨師作成の書面であっても、その内容が措信し得るのであれば、傷害の認定資料とすることは違法ではない。
結論
1. 任意性に疑いがあるとの主張のみでは自白の証拠能力は否定されず、本件自白を証拠とした原審の判断は妥当である。2. 接骨師作成の診断書を証拠として採用し、傷害の事実を認定することも適法である。
実務上の射程
自白の任意性法則(刑訴法319条1項)において、本判決は憲法の明文(強制・拷問・脅迫)を重視する。答案上は、任意性に疑いがある事実(長時間取調べ等)がある場合に、それが「不当な圧迫」に至っているかを判断する際の基準として参照しうる。また、自由心証主義(318条)における証拠の許容性の幅広さを示す材料としても活用できる。
事件番号: 昭和23(れ)1619 / 裁判年月日: 昭和24年3月29日 / 結論: 棄却
一 刑訴應急措置法第一二條の規定は、被告人の供述を録取した書類については、その適用のないこと明文の示す通りであるから、右の豫審訊問調書の作成者を訊問し得ることを被告人に告知すべきであつたという所論は理由がない。 二 裁判所が被告人の自白とその他の證據とを綜合して犯罪事實を認定するにあたつては、その犯罪事實の全部にわたつ…