甲.乙間に土地の境界をめぐる紛争があり、乙が建築しようとした建物についての甲の申請にかかる建築工事禁止仮処分事件で甲・乙間に裁判上の和解が成立した場合において、右和解の趣旨.目的が、右仮処分申請当時、建築工事中の右建物の一部が甲主張の境界線を若干越えていたが、既に基礎工事が完成していたところから、既存の工事部分をできるだけ壊さないで利用できるようにするとともに、右建物と境界線との間に民法二三四条一項に従い五〇センチメートルの距離を保てるようにするため、互譲により形成されたA線をもつて境界とすることを相互に確認するとともに、乙は甲に対し右A線から五〇センチメートルの間隔を置いたB線とA線との間には建物を建築しないことを約するにあり、右和解目的の実現のため、乙が甲に対し和解成立当時既にB線を越えて設置されていた構築物を乙の費用負担において撤去することを約したにもかかわらず、乙が右和解成立後B線を越えて建物の建築を続行し、これを完成するに至つたなど判示の事情のもとにおいては、甲が、乙に対し、裁判上の和解調書中の右構築物撤去条項を債務名義とする強制執行として、B線を越えて建築された右構築物と一体をなす建物部分の撤去を求めることは、正当な権利の行使であつて、権利の濫用に当たるものではない。
裁判上の和解調書に基づく強制執行が権利の濫用に当たらないものとされた事例
民事執行法35条,民法1条2項,民法1条3項
判旨
裁判上の和解等の債務名義に基づく強制執行が権利の濫用となるのは、諸般の事情を総合し、強制執行が著しく信義則に反し正当な権利行使といえないほど不当な場合に限られる。本件では、和解の約旨に明白に反して建築を続行した債務者の既成事実を重視して執行を否定することは許されない。
問題の所在(論点)
裁判上の和解に基づく構築物撤去の強制執行が、債務者の既成事実や法律上の誤解を理由に権利の濫用(民法1条3項)となり得るか。
規範
債務名義に基づく強制執行が権利の濫用(民法1条3項)として許されないのは、①当該債務名義の性質、②確定された権利の性質・内容、③成立の経緯及び成立後執行に至るまでの事情、④強制執行が当事者に及ぼす影響等の諸般の事情を総合し、債権者の強制執行が「著しく信義誠実の原則に反し、正当な権利行使の名に値しないほど不当なもの」と認められる場合に限られる。
重要事実
隣接地の所有者である上告人と被上告人らは、建物の境界距離を巡る紛争について、土地の一部交換と解決金の支払い、および境界から50cmのラインより南側の構築物を撤去することを内容とする裁判上の和解を成立させた。しかし、被上告人らは和解後も撤去に応じず、逆にラインを越えて建築を続行。上告人の抗議を無視して建物を完成させた。被上告人らは、本件建物が耐火構造で建築基準法65条により境界線に接して設置可能であることや、撤去に多額の費用を要することを理由に、和解に基づく執行は権利の濫用であると主張して執行文付与に対する異議を申し立てた。
あてはめ
本件和解は、既存工事を維持しつつ民法234条1項の距離制限を確保することを目的としたものであり、被上告人らがラインを越えて建築を続行したことは明白な和解の約旨違反である。被上告人らは撤去を余儀なくされることを十分に予想できた立場にあり、その危険を負担すべきである。また、建築基準法上の特例(65条)に関する誤解があっても和解自体が無効でない以上、履行段階でその点を重視して執行を否定すれば、和解条項が無効であるのと同様の結果を招き、裁判上の和解に対する信頼を損なう。したがって、建物の完成という既成事実や撤去費用の多寡を考慮しても、執行が著しく不当とはいえない。
結論
本件強制執行は、正当な権利の行使であって権利の濫用には当たらない。被上告人らの請求(執行文付与に対する異議)は棄却されるべきである。
実務上の射程
債務名義の執行力排除に関する一般的基準を示した重要判例である。答案上は、債務者が自ら招いた既成事実を盾に「撤去は経済的損失が大きい」と主張する事案に対し、本規範を用いて「著しく不当」との閾値を高く設定し、権利濫用の成立を安易に認めない論理展開に活用できる。
事件番号: 昭和36(オ)1054 / 裁判年月日: 昭和38年5月21日 / 結論: 棄却
借地法第一七条の適用ある賃貸借契約に同法第一八条の適用がないとする根拠はない。