一 株式会社の取締役を辞任した者は、辞任したにもかかわらずなお積極的に取締役として対外的又は内部的な行為をあえてした場合を除いては、特段の事情がない限り、辞任登記が未了であることによりその者が取締役であると信じて当該株式会社と取引した第三者に対しても、商法(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの)二六六条ノ三第一項前段にいう取締役として所定の責任を負わないものというべきである。 二 株式会社の取締役を辞任した者は、登記申請権者である当該株式会社の代表者に対し、辞任登記を申請しないで不実の登記を残存させることにつき明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情がある場合には、商法一四条の類推適用により、善意の第三者に対し、当該株式会社の取締役でないことをもつて対抗することができない結果、同法(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの)二六六条ノ三第一項前段にいう取締役として所定の責任を免れることはできない。
一 取締役を辞任したが辞任登記未了である者と商法(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの)二六六条ノ三第一項前段にいう取締役としての責任の有無 二 取締役を辞任したが辞任登記未了である者が商法一四条の類推適用により同法(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの)二六六条ノ三第一項前段にいう取締役としての責任を負う場合
商法12条,商法14条,商法(昭和56年法律第74号による改正前のもの)266条ノ3第1項
判旨
取締役を辞任した者は、原則として不実の登記による責任を負わないが、代表者に対し不実の登記の残存を明示的に承諾していた等の特段の事情がある場合には、会社法908条2項(旧商法14条)の類推適用により第三者に対して取締役でないことを対抗できず、損害賠償責任を免れない。
問題の所在(論点)
取締役を辞任した者が、辞任登記が未了の間に第三者が会社と取引した場合において、会社法908条2項(不実の登記)の類推適用により、同法429条1項に基づく役員等の第三者に対する損害賠償責任を負うか。その責任が認められるための要件が問題となる。
規範
1. 辞任した取締役は、辞任後も積極的に取締役としての行為をあえてした場合を除き、原則として辞任登記未了を理由とした第三者への損害賠償責任を負わない。 2. もっとも、登記申請権者に対し、不実の登記を残存させることにつき明示的に承諾を与えていたなどの「特段の事情」がある場合には、会社法908条2項(旧商法14条)の類推適用により、善意の第三者に対して取締役でないことを対抗できず、取締役としての責任(会社法429条1項、旧商法266条ノ3第1項)を免れない。
重要事実
1. 被上告人(B1、B2、B3)らは、訴外D鍍金工業株式会社の取締役を辞任した。 2. 辞任にあたり、代表取締役Eに対し、取締役を辞任する旨の意思表示を行った。 3. しかし、会社側が辞任登記の申請を怠ったため、登記簿上は取締役として記載されたままの状態(不実の登記)が残存していた。 4. その後、上告人が会社と取引を行い、登記を信じたことにより損害を被ったとして、辞任した元取締役らに対し損害賠償を請求した。
あてはめ
1. 本件において、被上告人らが辞任後に自ら積極的に取締役としての行為をあえてした事実は認められない。 2. また、被上告人らが代表者Eに対し、辞任登記を申請せずに不実の登記を残存させることについて「明示的に承諾を与えていたなどの特段の事情」の存在についても、主張立証がなされていない。 3. したがって、帰責事由があるとはいえず、不実の登記についての類推適用を行う余地はない。
結論
被上告人らは、会社法908条2項の類推適用による責任を負わず、上告人に対する損害賠償責任を負わない。
実務上の射程
会社法908条2項の類推適用により辞任した取締役の責任(429条1項)を問うための規範として極めて重要である。「明示的な承諾」という厳格な帰責事由を求めている点がポイントであり、答案では、本人の承諾の有無や放置の程度(黙認に近い事情があるか等)を問題文の事実から拾って「特段の事情」に該当するかを検討する。
事件番号: 昭和59(オ)208 / 裁判年月日: 昭和59年10月4日 / 結論: 棄却
商法(昭和五六年法律第七四号による改正前のもの)二六六条の三第一項の規定に基づく取締役の損害賠償については民法七二二条二項の適用がある。