手形の振出人が、不渡届に対する異議申立手続を怠つた銀行の債務不履行により手形金の支払を余儀なくされたため手形金相当額の損害を被つたといえるためには、右振出人が手形所持人に対して手形金の支払義務を負つていなかつたことが必要であり、したがつて、右支払義務の存否について格別の判断を加えることなく、振出人が手形金の支払を余儀なくされたことから直ちにこれと同額の損害を被つたものと認定することは違法である。
手形の不渡届に対する異議申立手続の不履行を理由とする損害賠償請求事件において損害額の認定に違法があるとされた事例
民法415条,民法416条1項,民訴法395条1項6号
判旨
銀行が手形交換所への異議申立手続の受託を怠ったことにより、振出人が不渡処分回避のため手形金額を支払った場合、振出人が手形所持人に対して支払義務を負っていなかったことが損害発生の前提となる。振出人に支払義務がある場合には、債務不履行があっても原則として手形金額相当の損害は認められない。
問題の所在(論点)
銀行が不渡異議申立手続の受託を怠ったという債務不履行がある場合に、振出人が手形金額相当額を支払ったことをもって直ちに「損害」の発生を認めることができるか。振出人の手形所持人に対する支払義務の有無が損害の成否に影響するか。
規範
債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)において、損害の発生が認められるためには、当該不履行がなければ免れ得た不利益が存在しなければならない。手形の異議申立手続の受託を怠った行為により手形金額相当の損害が生じたというためには、振出人が手形所持人に対して手形上の支払義務を負っていないにもかかわらず、銀行の不手際により不渡処分を避けるべくやむを得ず支払ったという関係が必要である。したがって、手形が形式的要件を備え裏書が連続している場合、支払義務を否定すべき特段の事由がない限り、手形金額相当の損害は認められない。
重要事実
振出人である被上告人は、支払場所である上告銀行に対し、手形交換所への不渡異議申立手続を委託し、銀行もこれを承諾した。しかし、銀行の係員が手形交換所の指示を誤解し、期限内に適正な異議申立を行わなかったため、申立は受理されなかった。被上告人は、銀行取引停止処分を免れるために、やむなく手形所持人側に手形金相当額を支払った。被上告人は、銀行の債務不履行により手形金相当額の損害を被ったとして賠償を求めたが、手形所持人に対する実体上の支払義務の有無については審理されていなかった。
あてはめ
本件手形は形式的要件を備え、裏書も連続している。このような場合、振出人は手形所持人に対して原則として支払義務を負う。もし被上告人が実体法上も手形金を支払うべき義務を負っていたのであれば、不渡処分の有無にかかわらず、手形金額の出捐は義務の履行としてなされるべきものであり、銀行の不履行がなくても免れ得なかった出捐といえる。したがって、手形が詐取された等の理由により支払義務を免れる「特段の事由」が認められない限り、手形金額の支払をもって銀行の債務不履行による損害と評価することはできない。原審がこの点を確認せずに直ちに損害を認めたのは民法の解釈適用を誤ったものである。
結論
手形金額相当の損害を認めるためには、振出人が手形所持人に対して手形金支払義務を負っていなかったことが前提となる。この点の審理を尽くさせるため、原判決を破棄し、差し戻すべきである。
実務上の射程
事務管理や委託契約に基づく手続代行の不履行において、不利益(出捐)が発生したとしても、それが本来負担すべき義務の履行である場合には、相当因果関係のある損害とは認められないことを示している。司法試験においては、損害の定義(不利益な差額)を論じる際、本案上の義務の有無が損害の有無を左右する論理構造として引用できる。
事件番号: 昭和54(オ)771 / 裁判年月日: 昭和55年10月14日 / 結論: 棄却
振出日白地の確定日払の為替手形の取立委任を受けた銀行と取立委任者との間に白地補充について特段の合意がなく、かつ、各種金融機関が取立委任を受ける確定日払の手形には振出日白地のものが多数あり、金融機関は、手形所持人に白地補充を促したり、自ら補充したりしないでそのまま取立に回すのが慣習であり、手形交換所の定めにおいても確定日…