株式会社が既存の債務の支払のため満期に支払われる蓋然性の少ない約束手形を振り出しても、取締役は、特段の事情のない限り、右手形振出自体につき商法二六六条の三第一項による損害賠償責任を負うものではない。
株式会社が既存の債務の支払のため満期に支払われる蓋然性の少ない約束手形を振り出した場合と取締役の損害賠償責任
商法266条ノ3第1項
判旨
取締役が支払の見込みのない約束手形を振り出した場合、それが既存債務の支払のために交付されたものであれば、特段の事情のない限り、手形振出自体によって損害を被ったということはできない。
問題の所在(論点)
既存債務の支払のために、支払の見込みのない約束手形を振り出した行為について、会社法429条1項(旧商法266条ノ3第1項)上の任務懈怠と損害との間の相当因果関係が認められるか。
規範
会社法429条1項(旧商法266条ノ3第1項)に基づく損害賠償責任において、取締役の任務懈怠と損害との間には相当因果関係が必要である。既存債務の支払のために手形が振り出された場合、債権者の損害の本質は「原因債務の支払を受けられなかったこと」にあり、手形振出という行為自体から直ちに損害が発生したとみることはできない。
重要事実
Dゴルフ株式会社(訴外会社)は、被上告人との間でゴルフ場設計図作成の請負契約を締結した。同社は、当該契約に基づく報酬金の支払のために本件約束手形を振り出し、被上告人に交付した。しかし、本件手形は満期に不渡りとなった。被上告人は、振出当時すでに支払の蓋然性が低かったにもかかわらず手形を振り出したことは取締役(上告人ら)の悪意または重大な過失による任務懈怠に当たるとして、手形金額相当の損害賠償を求めた。
あてはめ
被上告人が被った損害は、元来の請負契約に基づく報酬金の支払を受けられなかったことにほかならない。訴外会社は手形振出によって新たに債務を負担したわけではなく、既存の報酬支払債務を履行するために手形を交付したに過ぎない。したがって、特段の事情がない限り、支払蓋然性の低い手形を振り出したという事実のみをもって、その振出行為によって損害を被ったと評価することは論理的に困難である。原審は手形振出自体に焦点を当てているが、真に審理すべきは「報酬金支払不能」という結果に対する取締役の任務懈怠の有無である。
結論
手形振出自体によって損害を被ったと判断した原判決には法令の解釈適用の誤りがある。被上告人の請求の本旨は報酬金の支払不能という損害にあると解されるため、その点について審理を尽くさせるべく破棄差戻しとする。
実務上の射程
会社法429条1項の責任を追及する際、損害の発生と任務懈怠との因果関係を厳密に検討する必要があることを示す。特に既存債務がある場合、手形振出という「形式的行為」ではなく、債務を履行不能に陥らせた「実質的背景(放漫経営等)」を任務懈怠として構成すべきという実務上の指針となる。
事件番号: 昭和41(オ)1219 / 裁判年月日: 昭和45年10月22日 / 結論: 破棄差戻
甲が代表取締役をしている有限会社乙の会社名ゴム印および代表者印等の保管につき善管義務を尽さず放置しておいたため、右会社の取締役兼丁会社の代表取締役である丙が、それらを無断で使用して約束手形を作成し、丁会社の戊に対する自動車買受代金債務の分割金の支払のため右約束手形を振出交付した場合において、戊が右約束手形の支払を受けら…