甲が代表取締役をしている有限会社乙の会社名ゴム印および代表者印等の保管につき善管義務を尽さず放置しておいたため、右会社の取締役兼丁会社の代表取締役である丙が、それらを無断で使用して約束手形を作成し、丁会社の戊に対する自動車買受代金債務の分割金の支払のため右約束手形を振出交付した場合において、戊が右約束手形の支払を受けられなかつたとしても、これにより戊はただちに損害を受けたものということはできず、甲は有限会社法三〇条ノ三による損害賠償の義務を負うべきものではない。
有限会社の代表取締役が代表者印等の保管につき善管義務を尽さないにもかかわらず有限会社法三〇条ノ三による損害賠償義務を負うべきでない場合
有限会社法30条ノ3
判旨
取締役の任務懈怠により偽造手形が交付された場合、既存債務の弁済に代えて交付されたのであれば損害が認められるが、弁済の確保(支払のため)であれば既存債務が存続するため、不渡りによって直ちに損害が生じたとはいえない。
問題の所在(論点)
取締役の任務懈怠により偽造手形が交付され不渡りとなった場合において、会社法429条1項(旧有限会社法30条の3)にいう第三者の「損害」が認められるための要件は何か。
規範
既存債務の支払に関し約束手形が振り出された場合、当事者の意思が不明なときは、既存債務の弁済を確保するために振り出されたものと推定すべきである。第三者に対する賠償責任(旧有限会社法30条の3、現行会社法429条1項)における「損害」の有無は、手形の交付が「支払に代えて(代物弁済)」なされたか、「支払のため(支払の確保)」なされたかによって区別し、後者の場合には既存債務が消滅しないため、原則として手形の不渡りによる損害を認めることはできない。
重要事実
有限会社F部品商会の取締役である上告人が、会社名ゴム印および代表者印の保管を怠ったため、Eがこれらを冒用して本件約束手形を偽造した。Eは、D有限会社が被上告人に対して負っていた自動車買受代金債務の分割金支払に充てる目的で、当該手形を被上告人に交付した。手形は不渡りとなり、被上告人は取締役である上告人に対し、任務懈怠(印章管理不十分)に基づく損害賠償を請求した。
あてはめ
原審は、本件手形の交付により分割金債務が消滅した(代物弁済)と認定し、手形金相当額の損害を認めた。しかし、記録上の証拠によれば、本件手形は既存債務の「支払のため(確保)」に振り出されたものと解される余地が強い。当事者の意思が不明な場合は弁済確保のために交付されたものと解すべきであり、この場合、手形が不渡りになっても被上告人は依然としてD社に対して既存の代金債権を行使できる。したがって、既存債務が消滅していない以上、手形が不渡りになった事実をもって直ちに損害を被ったと断定することはできない。
結論
本件手形が既存債務の支払の確保のために振り出されたものであるならば、不渡りによる損害を認めることはできず、上告人の損害賠償義務は否定される。
実務上の射程
会社法429条1項の責任を追及する際、損害の発生を基礎づける事実として「手形交付の法的性質」が重要であることを示す。答案では、単に不渡りの事実のみで損害を論じるのではなく、既存債務の存否や対価関係を分析する際の枠組みとして活用できる。
事件番号: 昭和53(オ)1364 / 裁判年月日: 昭和54年7月10日 / 結論: 破棄差戻
株式会社が既存の債務の支払のため満期に支払われる蓋然性の少ない約束手形を振り出しても、取締役は、特段の事情のない限り、右手形振出自体につき商法二六六条の三第一項による損害賠償責任を負うものではない。