取締役が会社の既存債務の支払について、約束手形を振り出し、右手形が不渡になっても、その振出以前より、会社の経営が行き詰り、資産もなく、右既存債務が債権者の度重なる催告にもかかわらず支払われず、かつ、支払われる見込みもなかつたときは、特段の事情のない限り、手形の不渡によつて右債権者は損害を蒙らない。
取締役が会社の債務の支払について約束手形を振り出し不渡になっても債権者に損害が生じないとされた事例
商法266条ノ3
判旨
既存の無価値な債権の支払確保のために振り出された手形が不渡りとなった場合、特段の事情のない限り、所持人に手形金相当の損害が生じたとは認められない。
問題の所在(論点)
既存債権の支払のために振り出された手形が不渡りとなった場合において、当該既存債権が既に無価値であったとき、手形所持人に手形金相当の損害が認められるか。また、その際の主張・立証責任は誰が負うか。
規範
不法行為等に基づく損害賠償請求において損害の発生が要件となる。既存債権の支払確保のために振り出された手形が不渡りとなった場合であっても、当該既存債権がもともと無価値であり、支払われる見込みがなかったときは、特段の事情のない限り、手形の不渡りによって格別の損害を蒙ったとはいえない。損害の発生を主張する者は、右特段の事情(回収可能性等)について主張・立証責任を負う。
重要事実
上告人(債権者)は、D社(債務者)に対する自動車売却代金債権を有していた。D社は本件手形の振出以前から経営が行き詰まっており、資産もなく、上告人の催告にもかかわらず支払がなされない状態であった。すなわち、当該既存債権は無価値で支払の見込みがない状態にあり、その支払確保のために本件約束手形が振り出されたが、不渡りとなった。上告人は、手形が不渡りになったことで手形金相当の損害を蒙ったと主張した。
あてはめ
本件において、D社は手形振出時ですでに経営破綻状態にあり、別に資産もなく、既存の代金債権は回収の見込みがない無価値なものであった。このような状況下では、手形が振り出され不渡りになったとしても、それによって上告人の財産状態がさらに悪化したとは評価できない。上告人は、手形不渡りによって損害が生じたとする「特段の事情」を主張・立証すべきであるが、記録上そのような主張・立証はなされていない。したがって、損害の発生が認められず、請求は棄却を免れない。
結論
既存債権が無価値である場合、その支払のための手形が不渡りになっても、特段の事情がない限り損害は認められない。本件では特段の事情の主張・立証がないため、請求は棄却される。
実務上の射程
本判決は、手形訴訟や原因債権に基づく損害賠償請求において、損害論(差額説)の観点から「実質的な損害」の有無を厳格に判断したものである。答案上は、不法行為や債務不履行の損害論において、債権の回収可能性が皆無である場合の「損害の欠如」を論じる際の論拠として活用できる。
事件番号: 昭和54(オ)1031 / 裁判年月日: 昭和57年6月17日 / 結論: 破棄差戻
手形の振出人が、不渡届に対する異議申立手続を怠つた銀行の債務不履行により手形金の支払を余儀なくされたため手形金相当額の損害を被つたといえるためには、右振出人が手形所持人に対して手形金の支払義務を負つていなかつたことが必要であり、したがつて、右支払義務の存否について格別の判断を加えることなく、振出人が手形金の支払を余儀な…