手形権利者が手形を騙取されてその所持を失つても、それだけではまだ手形額面金額相当の損害を被つたものとはいえない。
手形の所持の喪失による損害額。
民法709条,手形法16条
判旨
不法行為により手形の所持を失ったとしても、直ちに額面相当額の損害が生じるわけではなく、手形権利の完全な喪失や行使不能といった特段の事情が必要である。
問題の所在(論点)
手形の所持を不法に奪われた場合、所持の回復が可能であるにもかかわらず、手形額面金額相当の損害が発生したといえるか(民法709条の損害の意義)。
規範
不法行為に基づく損害賠償請求において、手形の所持を失ったことによる損害が額面金額相当となるためには、単なる所持の喪失では足りず、①善意かつ無重過失の第三者に手形が渡ったこと、②紛失・焼失・汚損等により所在不明または無価値化したこと、③所持を失っている間に債務者が支払能力を失ったこと等の事情を要する。
重要事実
被上告人(原告)は、上告人(被告)らの不法行為によって本件手形の所持を奪われた。しかし、当該手形は上告人らが所持しており、訴訟において証拠(乙第一号証)として提出されていた。原審は、所持を失わせたことのみをもって、直ちに額面金額相当の損害を認めた。
あてはめ
被上告人は手形上の権利を依然として保持しており、所持を奪われているに過ぎない。本件手形は上告人の手中にあり、所在も判明している。したがって、善意取得による権利喪失や、除権判決が必要な状態、あるいは債務者の無資力化といった実質的な権利行使不能の事由は認められない。所持回復のための費用等は損害となり得るが、額面額全額を損害と断定することは審理不尽である。
結論
手形の所持を失ったことだけでは、未だ額面金額相当の損害を被ったとは解し得ず、原判決は破棄・差し戻しを免れない。
実務上の射程
不法行為における損害の「事実上の推定」を安易に認めず、手形法上の権利救済手段(除権判決等)や現在の占有状況を考慮すべきとする。答案では、損害論における「損害の発生と範囲」の厳格な立証を求める際の論拠として有用である。
事件番号: 昭和31(オ)272 / 裁判年月日: 昭和32年9月13日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】手形法17条ただし書にいう「債務者を害することを知りて」とは、所持人が単に前者の対抗し得べき抗弁の存在を知る(悪意)だけでは足りず、所持人が手形を取得することにより債務者が抗弁を遮断され損失を被ることを認識することを要する。 第1 事案の概要:手形債務者(上告人)が、手形所持人に対し、所持人の前者…