対価を支払つて偽造手形を取得した手形所持人は、その出捐と手形偽造行為との間に相当因果関係が認められるかぎり、その出捐額につき、ただちに損害賠償請求権を行使することができ、手形の所持人としてその前者に対し手形法上の遡求権を有することによつては、損害賠償の請求を妨げられることはない。
偽造手形の取得者の損害賠償請求権と手形法上の遡求権との関係
民法709条,民法715条,手形法43条
判旨
民法715条1項の「事業の執行について」は取引行為も包含し、行為の外形から職務範囲内と認められる場合は使用者責任が成立するが、相手方が職務権限の欠如につき悪意または重過失の場合はその責任を免れる。
問題の所在(論点)
1.被用者が権限なく行った手形振出行為(取引的行為)が、民法715条1項の「事業の執行について」に含まれるか。 2.相手方にどのような帰責事由がある場合に使用者責任が否定されるか。また、本店への照会を怠ったことは「重大な過失」に当たるか。
規範
1.「事業の執行について」(民法715条1項)とは、被用者の職務執行行為そのものではないが、行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内に属すると認められるものを含む。この外形標準説は、事実的行為のみならず取引的行為にも適用される。 2.ただし、相手方が職務権限外であることにつき悪意、または重過失によりこれを知らないときは、使用者責任を請求できない。一方、単なる過失に留まる場合は、請求を妨げられない。
重要事実
上告会社(被告)の営業所長であったEは、その権限がないにもかかわらず、上告会社を振出人とする手形を偽造して交付した。被上告人(原告)は、この手形の裏書譲渡を受けた。手形には振出名義人として所定の記載があったが、被上告人は手形の真偽について本店への照会を行わなかった。
あてはめ
1.営業所長という地位にある者が手形を振り出す行為は、その客観的外形から見て、特段の事情がない限り職務の範囲内に属すると認められるため、本件行為は「事業の執行について」になされたといえる。 2.相手方の重過失の有無について、本件手形に適切な振出名義の記載がある以上、本店に照会しなかったという一事をもって、直ちに悪意または重大な過失があるとはいえない。被上告人の事情知悉や重大な不注意を基礎付ける事実も認定されていないため、使用者責任は免責されない。
結論
取引的行為についても外形標準説が適用される。相手方が権限欠如を知らず、かつそのことにつき重大な過失がない限り、使用者は損害賠償責任を負う。本件において相手方の本店照会欠如は重過失に当たらない。
実務上の射程
使用者責任の成立範囲を「外形」によって拡張する一方、被害者の主観(悪意・重過失)を信頼保護の限界として機能させる枠組みを明示した。実務上、手形取引における調査確認義務の程度が「重過失」か「単なる過失」かの境界線を示す基準として、答案上のあてはめで頻用される。
事件番号: 昭和44(オ)405 / 裁判年月日: 昭和45年2月26日 / 結論: 棄却
一、振出名義人の被用者の偽造にかかる約束手形を、その受取人から、重大な過失なく、真正に振り出されたものと信じて割引により取得した者は、受取人において右手形が偽造手形であることを知つて取得した場合でも、右の偽造をした者の使用者に対して損害賠償請求権を取得するものと解すべきである。 二、対価を支払つて偽造手形を取得した者は…