一、振出名義人の被用者の偽造にかかる約束手形を、その受取人から、重大な過失なく、真正に振り出されたものと信じて割引により取得した者は、受取人において右手形が偽造手形であることを知つて取得した場合でも、右の偽造をした者の使用者に対して損害賠償請求権を取得するものと解すべきである。 二、対価を支払つて偽造手形を取得した者は、手形偽造者に対し、または民法七一五条の規定によりその使用者に対し、ただちに出捐額を損害としてその賠償を求めることができ、手形取得者がその前者に対し手形法上遡求権を有することは、右損害発生の障害となるものではない。
一、被用者による偽造手形の受取人が偽造の事実を知つて手形を取得した場合と受取人からその手形を取得した者の使用者に対する損害賠償請求権 二、偽造手形の取得者の偽造者またはその使用者に対する損害賠償請求権と右取得者の前者に対する遡求権との関係
民法709条,民法715条
判旨
手形作成の補助者が職務上の地位を濫用して手形を偽造・交付した場合、外形的に職務の範囲内と認められれば、民法715条1項の「事業の執行につき」なされたものと解される。また、被害者が対価を支払って偽造手形を取得したときは、重大な過失がない限り、遡求権の有無にかかわらず、その出捐額を損害として使用者に対し賠償を請求できる。
問題の所在(論点)
1. 経理担当者が職務上の地位を濫用して行った手形偽造・交付行為が、民法715条1項の「事業の執行につき」なされたといえるか。2. 偽造手形取得者が前手に対して遡求権を有する場合、損害が発生したといえるか。
規範
1. 民法715条1項の「事業の執行につき」とは、被用者の職務執行行為そのものではないが、その職務内容に密接に関連していて、行為の外観から観察してあたかも職務の範囲内の行為に属するとみることができる場合を含む。2. 偽造手形の取得者は、当該手形が真正に振り出されたと信じるにつき重大な過失がない限り、手形偽造行為と相当因果関係にある出捐額を損害として、使用者に対し直ちに損害賠償を請求できる。この際、手形法上の遡求権を有することは損害の発生を妨げない。
重要事実
上告会社(被告)の経理担当者Dは、手形振出の資金計画立案、手形用紙への記入、会社名等のゴム印押捺などの事務に従事し、代表取締役印以外の印章や手形用紙を保管・使用できる立場にあった。Dは、知人の依頼を受け、代表取締役に無断で職務上の地位を濫用し、保管中の中身や会社取締役印を用いて手形を偽造・完成させ、これを交付した。被上告人(原告)は、本件手形が真正なものと重過失なく信じて、割引依頼を受け対価30万円を支払った。
あてはめ
1. Dは手形作成の補助的職務に従事しており、印章や用紙の保管も任されていた。本件偽造行為は、これら職務上の地位を濫用し、日常の職務と密接に関連する一連の手続を経て行われたものであり、外形的には職務の範囲内に属するとみることができる。したがって「事業の執行につき」なされたといえる。2. 被上告人は重過失なく真正な手形と信じて割引料を支払っており、この出捐行為とDの偽造行為との間には相当因果関係がある。遡求権の存在は損害の発生を否定する理由にはならず、実際に遡求により支払を受けた場合にその限度で賠償債権が消滅するにとどまる。
結論
上告会社は、Dの偽造行為について使用者責任を負う。被上告人は、出捐額30万円について損害賠償を請求することができる。
実務上の射程
被用者が職務上の権限を逸脱・濫用した場合の外形標準説による判断枠組みを、手形偽造の事案に適用した射程を持つ。また、損害賠償請求において、他の救済手段(手形法上の遡求権)の存在が損害発生の認定を妨げないことを示した点でも実務上重要である。
事件番号: 昭和30(オ)30 / 裁判年月日: 昭和32年7月16日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】被用者が職務権限を濫用して手形を偽造した場合であっても、その行為が外形上客観的に使用者の事業の範囲に属すると認められるときは、民法715条1項の「事業の執行につき」なされたものと解するのが相当である。 第1 事案の概要:上告会社(被告)の経理課長Fは、会社の手形振出しに関してゴム印の管理、手形作成…