一 原告が初め、約束手形を裏書によつて取得し、現にこれを所持する者として、振出人たる被告会社に対し、手形金の支払を求めたが、後に予備的に、右手形が被告会社の被用者甲が偽造したものであるとすれば、原告は甲が被告会社の事業の執行につきなした行為により、手形割引金相当の損害を受けたものとして、その賠償を求めたとしても、請求の基礎に変更はない。 二 甲が会社の経理課長として、会社の手形振出に関し、会社の社印その他のゴム印を使用して、代表取締役がその名下にその印章を押捺しさえすれば、該手形が完成するばかりに手形を作成し、かつ、手形をその受取人に交付する職務権限を有していたところ、甲はその権限を濫用し、約束手形用紙に会社名および会社代表者乙名の各ゴム印並びに会社印押捺し、乙名下に同人の印鑑を、同人の不在中同人の机の抽斗から盗み出し押捺して、手形を偽造し、これを行使することによつて第三者に損害を加えたときは、甲の手形偽造行為は、会社の事業の執行につきなされたものとして、会社においてその損害を賠償する責に任ずるものと解すべきである。
一 請求の基礎に変更のない一事例 二 被用者の手形偽造行為と使用者の責任
民訴法232条,民法715条
判旨
被用者がその職務権限を濫用して手形を偽造した場合であっても、当該行為が外形上使用者の事業の範囲内に属すると認められるときは、民法715条1項の「事業の執行につき」なされたものと解するのが相当である。
問題の所在(論点)
手形振出権限を直接有しない被用者が、代表取締役の印鑑を盗用して行った手形偽造行為について、民法715条1項の「事業の執行につき」なされたものといえるか。
規範
民法715条1項にいう「事業の執行につき」とは、被用者の主観的意図を問わず、行為の外形から判断して、それが使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合を指す(外形標準説)。また、被用者が自己の職務権限を濫用して行った行為であっても、その行為が外形上職務の範囲内と認められる限り、同条の適用がある。
重要事実
被告会社(上告人)の経理課長Eは、会社の手形振出に関し、社印や記名印等を使用して手形を準備し受取人に交付する権限、および手形の真否を回答する事務を担当していた。Eは、代表取締役の不在中にその机から印鑑を盗用し、会社名義の約束手形を偽造して訴外Dに交付した。原告(被上告人)は、Eから本件手形が適法に振り出されたものであるとの回答を信じ、Dから手形を割引取得した。原告は、被告に対し、Eの不法行為について民法715条に基づく損害賠償を請求した。
あてはめ
まず、本件における手形振出行為は、外形上、被告会社の事業の範囲に属する。次に、Eは経理課長として、手形を完成させるための準備行為(社印の押捺等)や交付、さらには外部からの照会に対する回答という具体的な職務権限を有していた。Eがこの権限を濫用し、代表取締役の印章を盗用して手形を偽造した行為は、客観的に見て経理課長としての職務に関連する行為であると評価できる。したがって、Eの手形偽造は「事業の執行につき」なされたものといえる。
結論
被用者の手形偽造行為は「事業の執行につき」なされたものと認められ、被告会社は民法715条1項に基づき損害賠償責任を負う。
実務上の射程
外形標準説を維持し、権限濫用や盗印による偽造であっても、被用者に一定の事務権限(準備行為等)があれば事業執行性を肯定する。実務上、相手方が偽造につき悪意または重過失である場合には、信義則上または「外形」の否定により責任が制限される余地があるが、本判決は行為の客観的評価を重視している。
事件番号: 昭和39(オ)1113 / 裁判年月日: 昭和40年11月30日 / 結論: 棄却
会社の会計係中の手形係として判示のような手形作成準備事務を担当していた係員が、手形係を免じられた後に会社名義の約束手形を偽造した場合であつても、右係員が、なお会計係に所属して割引手形を銀行に使送する等の職務を担当し、かつ、会社の施設機構および事業運営の実情から、右係員が権限なしに手形を作成することが客観的に容易である状…