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借家法七条(昭和四一年法律第九三号による改正前のもの)に基づく増額請求により賃料が増額された後における賃借人の賃料債務の不履行が賃貸借の基礎たる信頼関係を破壊するものとして賃貸借契約の解除が認められた事例
民法541条,民法601条,借家法7条
判旨
賃料増額請求権は形成権であり、意思表示が到達した時から客観的な適正賃料に増額されるため、増額後の賃料不払は履行遅滞となり、信頼関係を破壊するに至った場合は契約解除が認められる。
問題の所在(論点)
賃料増額請求後に適正賃料額が確定していない状況で、賃借人が一部の支払に留まることが履行遅滞となり、信頼関係破壊を理由とする契約解除の根拠となり得るか。
規範
借家法7条(現行借地借家法32条1項)に基づく賃料増額請求権は形成権であり、増額の意思表示が相手方に到達した時に増額の効果が発生する。適正賃料額が確定していない場合であっても、賃借人が客観的に相当とされる賃料額を知り得たにもかかわらず、従前の金額のみを提供し続けて催告に応じない場合は、賃借人の義務に著しく違反し、当事者間の信頼関係を破壊するものとして解除を認め得る。
重要事実
賃貸人(被上告人)が、賃料を月額7,750円から26,250円に増額する旨の意思表示をした。当時の客観的な適正賃料は22,496円であった。賃借人(上告人ら)は、当初は従前の賃料または微増させた額(10,075円)を提供・供託するに留まった。その後、本案訴訟における調停手続で、適正賃料が少なくとも20,000円以上である旨の鑑定書が出され、賃借人もこれを知り得たにもかかわらず、従前の態度を翻さず不足分の支払催告に応じなかった。賃貸人は賃料不払を理由に賃貸借契約を解除した。
あてはめ
賃料増額請求により、意思表示到達時から適正賃料(22,496円)に増額される。賃借人が提供した額は適正賃料の半額にも満たず、債務の本旨に従った履行とはいえないため、履行遅滞に該当する。また、調停過程で鑑定書により適正額が20,000円を下らないことを知り得た後も、賃借人が従前の金額に固執して催告を無視したことは、賃借人として通常尽くすべき義務への著しい違反である。したがって、このような不履行は当事者間の信頼関係を破壊するものと解され、解除は有効であり、権利の濫用にも当たらない。
結論
賃料不払による契約解除は有効であり、上告を棄却する。
実務上の射程
賃料増額請求がなされた場合の賃借人のリスクを示す重要判例。適正額について争いがある場合でも、鑑定結果等で客観的な目安が判明した後は、不足分を支払わないことが信頼関係破壊と認定されるリスクが高い。答案上は、増額請求の形成権的性質と、信頼関係破壊の有無を判断する際の「主観的・態様的要素」として、鑑定後の対応を引用するのが効果的である。
事件番号: 昭和38(オ)783 / 裁判年月日: 昭和39年7月9日 / 結論: 棄却
賃料増額の意思表示が有効である限り、その増額の意思表示の効力を争う賃借人が従前の賃料額を供託しても、債務不履行の責を免れず、右債務不履行を原因とする契約解除は有効である。