建物の賃貸人が、賃借人が賃借建物の修繕改良工事のため費用を支出した事実を考慮に容れることなく、家賃増額請求の範囲を定めたとしても、右請求が信義に反し、また、権利の濫用になるような特段の事由もなく、費用額も明らかでない場合には、該工事の施行および費用の如何を斟酌しないで、賃貸人の増額請求の範囲を判断することを妨げない。
家賃の増額請求の範囲を定めるにつき賃借人が建物の修繕改良工事のため支出した費用を斟酌する必要がないとされた事例
借家法7条
判旨
賃料増額請求における相当賃料額の決定は、請求当時の経済事情や貸借関係の一切の事情を考慮して具体的妥当な範囲を認定すべきであり、過大な催告であっても、債権者に真実の額を受領する意思がある場合には、真実の債務額の範囲で催告として有効である。
問題の所在(論点)
1. 地代家賃統制令の適用がない家屋につき、同令の算出額を参考にして相当賃料額を認定できるか。2. 実際の債務額を大幅に超過する過大な催告に基づく解除は有効か。
規範
1. 賃料増額請求(借家法7条、現借地借家法32条1項)において増額が認められる範囲は、裁判所が請求当時の経済事情や当該貸借関係の一切の事情を斟酌して、具体的妥当な賃料を判定する。2. 催告額が真実の債務額を超過する場合であっても、債権者が催告額全額の提供がなければ受領を拒絶する意思を有しておらず、真実の債務額のみの提供でも受領する意思があったと認められるときは、真実の債務額の範囲で催告は有効となる。
重要事実
賃貸人(被上告人)は、月額1,000円であった賃料を3,000円に増額する旨の申し入れを賃借人(上告人)に対して行った。原審は、地代家賃統制令を準用して算出された1,887円の限度で増額請求を正当と認めた。その後、賃貸人は延滞賃料として、真実の債務額(10,014円)を大きく上回る29,930円の支払いを催告し、期間内に支払いがないときは解除する旨の意思表示をした。賃借人は一切の支払いをしなかったため、賃貸人は賃貸借契約を解除した。賃借人は、賃料の算出方法の不当性や、過大催告による解除の無効を主張して争った。
あてはめ
1. 相当賃料の認定について、裁判所は一切の事情を斟酌して具体的妥当な額を認定すべきである。本件では統制額が一般物価より低く抑制されている実情や鑑定結果を考慮しており、統制額に照応する額を相当賃料とすることも是認される。賃借人による修繕費支出についても、証拠上額が不明であり、それを考慮しないことが直ちに信義則違反や権利濫用になるとはいえない。2. 催告について、被上告人が催告額全額の提供を絶対の条件として受領を拒絶する意思を有していた形跡はなく、真実の債務額である10,014円の提供でも受領する意思があったと認められる。したがって、当該金額の範囲で催告は有効であり、これに対し全く支払いを行わなかった以上、解除は有効である。
結論
本件増額請求は1,887円の範囲で正当であり、また、過大催告であっても真実の債務額の範囲で有効な催告となるため、これに応じなかった賃借人に対する賃貸借契約の解除は認められる。
実務上の射程
実務上、賃料増額の認定における裁判所の広範な裁量を認める。また、過大催告については、本判決の法理に従い「債権者に真実の額を受領する意思があるか」という主観的・客観的態様から有効性を検討することになる。答案上は、過大催告の有効性が問題となる場面(民法541条)で、本判例を根拠に「債権者の意思」を認定の核とする判断枠組みを示す際に用いる。
事件番号: 昭和39(オ)570 / 裁判年月日: 昭和40年1月29日 / 結論: 棄却
地代家賃統制令の適用のある賃貸借契約において、統制額の増額に応じて約定賃料額が当然に増額されるものではない。