家屋の賃貸人が解約申入に際し、賃借人の家屋明渡により被る移転費用その他の損失を補償するため、いわゆる立退料等の名目による金員を提供すべき旨申し出で、右金員の支払と引換に家屋を明渡すことを求めたときは、そのことも、他の諸事情と相互に補完し合つて解約申入の正当事由を構成するものと解すべきである。
立退料の提供と借家法一条の二にいう正当事由
借家法1条ノ2
判旨
建物の賃貸人が解約申入れに際して立退料等の提供を申し出た場合、その事実は正当事由を判断する際に斟酌されるべきであり、他の諸般の事情と相互に補完し合って正当事由の判断の基礎となる。
問題の所在(論点)
建物の解約申入れにおける「正当の事由」(借家法1条の2、現行借地借家法28条)の有無を判断するにあたり、賃貸人が申し出た「立退料」の提供をどのように考慮すべきか。また、その立退料は損失の全部を補償するものでなければならないか。
規範
借地借家法(旧借家法)における正当事由とは、賃貸借当事者双方の利害関係その他諸般の事情を総合考慮し、社会通念に照らし妥当と認めるべき理由をいう。賃貸人が立退料等の提供を申し出た場合、その金員提供はそれのみで正当事由の根拠となるものではないが、他の諸般の事情と総合考慮され、相互に補完し合って判断の基礎となる。その際、金員は必ずしも損失の全部を補償するに足りるものである必要はなく、また具体的な使途まで説示し得る必要もない。
重要事実
賃貸人(被告)が、建物使用の必要性等を理由に賃借人(上告人)に対し建物の解約申入れを行った。その際、賃貸人は賃借人の移転費用等の損失を補償するため、立退料として30万円を支払う旨の申出をした。賃借人は、この金額が損失の全部を補償するものではなく、また正当事由の判断基準として不十分である旨を主張して争った。
あてはめ
本件において、原審は当事者双方の建物使用の必要度その他諸般の事情を認定した。その上で、被告が申し出た30万円の立退料の支払により、賃借人の被る不利益がその範囲で補償されると評価した。このように、立退料の提供を単独の理由とするのではなく、建物使用の必要性という他の事情と結びつけて、相互に補完し合う形で正当事由の具備を認めた判断は、社会通念に照らし相当であるといえる。
結論
賃貸人の解約申入れは、立退料の支払により賃借人の不利益が補償される限りにおいて、正当事由を具備する。本件上告は棄却される。
実務上の射程
立退料の「補完的性格」を確立した重要判例である。答案上では、まず当事者双方の建物使用の必要性(主観的事由)を比較し、賃貸人側の必要性が不十分な場合に、立退料(財産上の給付)によってその不足分を補うという論理構成(補完説)をとる際に用いる。立退料だけで正当事由が認められるわけではない点に注意が必要である。
事件番号: 昭和24(オ)203 / 裁判年月日: 昭和25年6月16日 / 結論: 棄却
借家法第一条ノ二に規定する建物賃貸借解約申入の「正当の事由」とは、賃貸借の当事者双方の利害関係その他諸般の事情を考慮し、社会通念に照し妥当と認むべき理由をいうのである。