商取引に関する契約上の金員の支払を求める訴訟において、偽証等の不法行為があつたため敗訴したとしても、それによつて蒙る損害は、一般には財産上の損害だけであり、そのほかになお慰籍を要する精神上の損害もあわせて生じたといい得るためには、侵害された利益に対し、財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値をも認めていたような特別の事情が存在しなければならない。
財産上の損害に加え慰籍料を請求しうべき要件
民法710条
判旨
商取引上の契約に基づく金員支払請求が認められなかったことで生じる損害は、原則として財産上の損害にとどまる。例外的に慰謝料が認められるためには、侵害された利益に対し、財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値を認めていた等の特別の事情が必要である。
問題の所在(論点)
商取引上の契約違反等を理由とする損害賠償請求において、財産上の損害に加えて精神的苦痛に対する慰謝料(民法709条、710条、または415条に基づく損害)を請求できるか。特に、財産的利益の侵害から当然に慰謝料が発生するといえるか、あるいは特段の要件が必要かが問題となる。
規範
商取引に関する契約上の紛争において、敗訴により被る損害は原則として財産上の損害に限定される。精神的苦痛に対する慰謝料が認められるためには、被害者が侵害された利益に対し、単なる財産的価値を超えて「財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値」を認めていたような特別の事情の存在を要する。
重要事実
上告人は、商取引に関する契約に基づき金員の支払を求める訴訟を提起したが敗訴した。上告人は、当該敗訴によって財産上の損害のみならず、精神上の苦痛を被ったとして慰謝料を請求した。しかし、本件の商取引において、対象となった利益に財産的価値以外の特別な精神的価値が認められるような具体的な事実に係る資料は存在しなかった。
あてはめ
本件訴訟は商取引に関する契約上の金員支払を求めるものであり、その性質上、目的は経済的利益の獲得にある。このような場合、敗訴による不利益は通常、財産上の損害によって填補されるべきものである。上告人が主張する精神的苦痛について、本件では侵害された利益に「財産価値以外に考慮に値する主観的精神的価値」を認めるべき特別の事情が認められない。したがって、財産的損害とは別に慰謝料を認めるべき法的基礎は存在しないといえる。
結論
商取引上の契約不履行等による損害については、特段の事情がない限り財産上の損害の賠償をもって足り、慰謝料請求は認められない。本件においても、特別の事情の立証がないため、慰謝料請求を排斥した原判決は正当である。
実務上の射程
財産的利益の侵害(契約不履行や不法行為)から直ちに慰謝料が発生するわけではないことを示した判例である。答案上は、財産権侵害事案で慰謝料を請求する際、単なる「腹が立った」等の主観的感情ではなく、目的物に「主観的精神的価値」があるか、あるいは侵害態様が著しく反社会的なものであるかといった「特別の事情」を検討する際のメルクマールとして活用する。
事件番号: 昭和40(オ)1161 / 裁判年月日: 昭和41年4月1日 / 結論: 棄却
甲女が乙の妻であることを知りながら、丙が甲女と情交同棲関係に入つたことによつて、甲乙間の婚姻生活を破壊し、乙をして、右婚姻の解消を決意させた場合には、丙は故意に乙の夫権を侵害したものというべく、これによつて蒙つた乙の精神上の苦痛を慰藉すべき義務がある。
事件番号: 昭和40(オ)679 / 裁判年月日: 昭和43年11月15日 / 結論: 棄却
甲が交通事故により乙会社の代表者丙を負傷させた場合において、乙会社がいわゆる個人会社で、丙に乙会社の機関としての代替性がなく、丙と乙会社とが経済的に一体をなす等判示の事実関係があるときは、乙会社は、丙の負傷のため利益を逸失したことによる損害の賠償を甲に請求することができる。