占有の開始は相続によるもので取引によるものではなくその他判示事実関係のもとにおいては土地登記簿を調査しなかつたことをもつて占有のはじめ過失があつたとすることはできない。(本件は、昭三七、五、一八、二小法廷判決集一六巻五号一〇七三頁の再上告事件である。)
不動産の取得時効につき占有者が土地登記簿を調査しなかつたことをもつて過失があるとはいえないとされた事例
民法162条2項
判旨
相続により土地の占有を開始した者が、当該土地の登記簿を調査しなかったとしても、占有開始の経緯や土地の外形的状況等に照らし、自己の所有と信じるに足りる相当な理由がある場合には、占有開始時において無過失であると認められる。
問題の所在(論点)
相続により占有を開始した者が、対象土地の登記簿を調査しなかった場合に、民法162条2項の「無過失」が認められるか。
規範
民法162条2項の短期取得時効における「過失がなかった」とは、占有開始時に自己の所有権があると信じたことにつき相当な理由があることをいう。一般に登記簿の調査を怠ることは過失を推認させるが、占有取得が取引によらない相続である場合や、土地の利用状況、先代からの関係書類の承継状況等の具体的事実を総合し、所有権を確信するに足りる特段の事情がある場合には、登記簿未調査をもって直ちに過失ありとは断定できない。
重要事実
被上告人の先代Dは、相続により本件土地の占有を開始した。本件土地は、津波による流失後に組合による宅地造成を経て、Dの先代Eの所有地と一体の土地(一枚の土地)となっており、外形上区別がつかない状態であった。また、Eは当該造成に関する図面や関係文書を保管しており、それらはDに承継されていた。Dは占有開始にあたり登記簿の調査を行わなかったが、本件土地を自己の所有地であると信じていた。
あてはめ
Dの占有開始は、積極的な調査が期待される「取引」ではなく「相続」によるものである。また、物理的な土地の状況としても、造成によって先代Eの所有地と一体化しており、外形上は自己の所有地の一部と信じるのが当然の状態であった。さらに、先代から造成図面等の関係文書も承継しており、自己の所有を疑う余地がない状況であったといえる。このような特段の事情がある場合には、登記簿を確認しなかったとしても、自己の所有と信じたことに過失があるとはいえない。
結論
Dの占有開始時における無過失が認められ、短期取得時効が成立する。したがって、本件上告は棄却される。
実務上の射程
短期取得時効の無過失の判断において、相続事案かつ土地の混同・一体化等の特殊事情がある場合に、登記簿調査義務を緩和する裁判例として重要である。答案上は、原則として登記簿の不調査は過失ありとされることを指摘した上で、本判決の要素(相続であること、物理的一体性、承継書類の存在)を「特段の事情」として援用し、過失を否定する論理として活用できる。
事件番号: 昭和40(オ)1452 / 裁判年月日: 昭和41年9月30日 / 結論: 破棄差戻
自己の耕作地を自作農創設特別措置法に基づき政府から農地として売渡をうけうた者は、特別の事情がないかぎり、その売渡処分に瑕疵のないことまで確かめなくとも、所有者と信じるにつき過失があるとはいえない。
事件番号: 昭和40(オ)766 / 裁判年月日: 昭和42年7月21日 / 結論: 棄却
耕地整理施行中の未登記の残地を買い受けた者が、耕地整理組合について調査することなく、売主の右土地は自己の所有であるとの言を信じてその占有を始めたとしても、右売主が真の所有者の実父であり、同人がこれを管理していた等原審認定の事実(原判決および引用の第一審判決参照)の下においては、右買主がその所有権を取得したと信じたことに…
事件番号: 昭和44(オ)727 / 裁判年月日: 昭和45年2月26日 / 結論: 棄却
民法一六二条にいう公然の占有とは、占有者が、占有の存在を知るにつき利害関係を有する者に対して、占有の事実をことさら隠蔽しないことをいうものと解すべきである。