自己の耕作地を自作農創設特別措置法に基づき政府から農地として売渡をうけうた者は、特別の事情がないかぎり、その売渡処分に瑕疵のないことまで確かめなくとも、所有者と信じるにつき過失があるとはいえない。
政府から農地の売渡をうけて土地を占有する者と民法第一六二条第二項の過失
民法162条
判旨
農地法上の売渡処分を受けた買受人が、自己を所有者と信じたことについて過失がないと認められるためには、処分の瑕疵を調査すべき特別の事情がない限り、行政庁による適法性の判断を信頼したことをもって足りる。
問題の所在(論点)
民法162条2項の短期取得時効における「過失」の有無に関し、行政処分(農地の売渡)を信頼して占有を開始した占有者に、当該処分の有効性を調査すべき義務があるか。
規範
民法162条2項の「過失がなかった」とは、占有開始時に自己に所有権があると信じるにつき相当な理由があることをいう。公的機関による売渡処分がなされた場合、その処分には適法の推定が働くため、買受人が処分の瑕疵の有無まで調査しなかったとしても、特段の事情がない限り、過失はないと解するのが相当である。
重要事実
上告人らの先代Dは、本件土地を土地区画整理事業終了後に無償で借り受け、10年余にわたり農地として耕作していた。昭和23年、Dは政府から自創法に基づき当該土地の売渡処分を受けたが、実は当該土地は区画整理事業により将来的に公園となる予定の保留地であった。原審は、Dが将来公園になることを知悉していた以上、売渡処分に瑕疵がある可能性を疑い調査すべきであったとして過失を認めたため、上告人が上告した。
事件番号: 昭和39(オ)720 / 裁判年月日: 昭和42年6月20日 / 結論: 棄却
占有の開始は相続によるもので取引によるものではなくその他判示事実関係のもとにおいては土地登記簿を調査しなかつたことをもつて占有のはじめ過失があつたとすることはできない。(本件は、昭三七、五、一八、二小法廷判決集一六巻五号一〇七三頁の再上告事件である。)
あてはめ
政府が農地と認定して買収・売渡を行っている以上、法律知識のない一般人であるDに対し、自らその適法性を調査して瑕疵の有無を確認せよと求めるのは酷である。Dは10年以上にわたり当該土地を耕作しており、売渡当時において当該土地が農地でない(公園予定地である)との疑念を抱かなかったとしても不自然ではない。したがって、処分の有効性に積極的な疑念を抱くべき「よほど特別の事情」がない限り、調査を尽くさなかったことをもって過失があるとはいえない。
結論
行政庁の売渡処分を信頼して占有を開始した者は、特段の事情がない限り、自己に所有権があると信じるにつき過失はなかったと解される。
実務上の射程
行政処分や公的登記等、公的機関の判断を介在させて占有を取得した事案における善意無過失の判断枠組みとして活用できる。特に、法律知識のない一般人に対して高度な調査義務を課さないとする基準は、時効完成の主張において過失を否定する有力な論拠となる。
事件番号: 昭和40(オ)766 / 裁判年月日: 昭和42年7月21日 / 結論: 棄却
耕地整理施行中の未登記の残地を買い受けた者が、耕地整理組合について調査することなく、売主の右土地は自己の所有であるとの言を信じてその占有を始めたとしても、右売主が真の所有者の実父であり、同人がこれを管理していた等原審認定の事実(原判決および引用の第一審判決参照)の下においては、右買主がその所有権を取得したと信じたことに…
事件番号: 昭和42(行ツ)1 / 裁判年月日: 昭和43年9月6日 / 結論: 棄却
一、買収農地の売渡を受けて農業用施設として占有している者は、その売渡処分が当然無効であつても、特段の事情のないかぎり、その占有の始めに善意・無過失というべきである。 二、民法第一六二条の適用には、他人の所有に属することを必要としない。