相続人が、登記簿に基づいて実地に調査すれば、相続により取得した土地の範囲が甲地を含まないことを容易に知ることができたにもかかわらず、この調査をしなかつたために、甲地が相続した土地に含まれ、自己の所有に属すると信じて占有をはじめたときは、特段の事情のないかぎり、相続人は右占有のはじめにおいて無過失ではないと解するのが相当である。
土地所有権の時効取得の要件として無過失でないとされた事例
民法162条
判旨
不動産を相続により取得した者が、隣接地の境界線を誤信して占有を開始した場合において、登記簿等の客観的資料に基づき容易に調査・確認できたときは、特段の事情がない限り、占有開始について過失がある。
問題の所在(論点)
不動産の家督相続に際し、隣接する他人の土地を自己の所有地の一部であると誤信して占有を開始した場合において、民法162条2項の「無過失」の要件をいかに判断すべきか。
規範
民法162条2項にいう「無過失」とは、占有の開始時に、自己に所有権があると信ずるにつき過失がないことを指す。不動産の境界について誤信がある場合、登記簿謄本、測量図、検証等の客観的資料を実地に調査・確認することで正しい境界線を容易に知り得る状況にあれば、それらの調査を怠った占有者には、特段の事情のない限り「無過失」は認められない。
重要事実
被上告人は、昭和5年7月19日の家督相続によりa番の土地の所有権を取得した。被上告人の父Dは、隣接するb番の土地のうち一部(cの部分)をa番の土地に含まれると誤信し、これを他人に賃貸するなどして占有・管理していた。a番とb番の境界線については、登記簿謄本、測量図、検証結果等によって客観的に確定されており、これらに基づいて調査すれば、本来の境界線を容易に知り得る状態であった。原審は、被上告人が相続により占有を開始した際に善意・無過失であったとして、10年の短期取得時効の成立を認めた。
事件番号: 昭和39(オ)720 / 裁判年月日: 昭和42年6月20日 / 結論: 棄却
占有の開始は相続によるもので取引によるものではなくその他判示事実関係のもとにおいては土地登記簿を調査しなかつたことをもつて占有のはじめ過失があつたとすることはできない。(本件は、昭三七、五、一八、二小法廷判決集一六巻五号一〇七三頁の再上告事件である。)
あてはめ
本件において、a番とb番の境界線は、登記簿謄本や測量図等の公的資料によって明確に示されていた。被上告人が相続によって土地の所有権を取得した際、これらの資料に基づき実地に調査していれば、問題となったcの部分が自己の所有に属さないことを容易に確認できたはずである。このような状況下で、客観的な調査を容易に行い得たにもかかわらず、これを怠って境界を誤信したことは、占有開始の態様として過失がないとはいえない。したがって、特段の事情が認められない限り、民法162条2項の適用は否定されるべきである。
結論
被上告人が占有開始時に無過失であったとした原審の判断には、民法162条2項の解釈適用を誤った違法がある。したがって、短期取得時効は成立せず、原判決は破棄を免れない。
実務上の射程
短期取得時効の「無過失」の判断において、不動産取引や相続の場面では登記簿等の調査義務を厳格に課す実務上の準拠となる。答案上は、占有開始時の具体的な調査可能性(公的資料の存否や境界確認の難易)を検討する際の有力な判断枠組みとして活用できる。
事件番号: 昭和49(オ)528 / 裁判年月日: 昭和50年4月22日 / 結論: その他
賃借地の一部に属するものと信じて賃貸人以外の第三者所有の隣地を占有していた者が、国に物納された右賃借地の払下を受け、以後所有の意思をもつて右第三者の所有地を占有するに至つたというだけでは、これを自己の所有と信ずるにつき過失がなかつたとすることはできない。
事件番号: 昭和40(オ)766 / 裁判年月日: 昭和42年7月21日 / 結論: 棄却
耕地整理施行中の未登記の残地を買い受けた者が、耕地整理組合について調査することなく、売主の右土地は自己の所有であるとの言を信じてその占有を始めたとしても、右売主が真の所有者の実父であり、同人がこれを管理していた等原審認定の事実(原判決および引用の第一審判決参照)の下においては、右買主がその所有権を取得したと信じたことに…