民法第一一〇条の「正当ノ理由」があるとされた事例。
判旨
代理人が本人から授与された権限(本件では10万円の保証および抵当権設定等)を超えて、より広範な内容の契約(30万円の根抵当権設定)を締結した場合、相手方が代理権を有すると信ずべき正当な理由があるときは、民法110条の表見代理が成立する。
問題の所在(論点)
本人が授与した特定の代理権の範囲を超えて、代理人が異なる内容・金額の担保権設定を行った場合に、民法110条の表見代理が成立し、本人がその責任を負うか。特に「正当な理由」の有無が問題となる。
規範
民法110条の権限外の行為の表見代理が成立するためには、(1)代理人が基本代理権を有すること、(2)代理人がその権限外の行為をしたこと、(3)相手方がその行為について代理権があると信ずべき「正当な理由」があることが必要である。ここで「正当な理由」とは、相手方が善意無過失であることをいう。
重要事実
上告人はDに対し、10万円の範囲での借用債務の保証、および本件建物への抵当権設定・登記手続の代理権を授与した。しかし、Dは上告人の代理人と称して、極度額30万円の本件根抵当権設定契約を締結した。その際、Dは上告人の印鑑、印鑑証明書、登記済証、火災保険証券を所持し、これらを被上告人に提示して代理権を表明した。
あてはめ
Dは本人から特定の保証と抵当権設定の代理権を授与されており、基本代理権が存在する(要件1)。Dはこれを超えて30万円の根抵当権設定という権限外の行為を行った(要件2)。「正当な理由」については、Dが実印、印鑑証明書、登記済証といった、本人でなければ所持し得ない重要な書類一式を備えていたことに加え、火災保険証券まで提示していた事実から、被上告人がDに本件根抵当権設定の権限があると信じたことに過失はなく、正当な理由が認められる(要件3)。
結論
事件番号: 昭和36(オ)78 / 裁判年月日: 昭和38年1月22日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】民法110条の表見代理が成立するためには、相手方が代理権があると信じ、かつ信ずるにつき正当の事由があることを具体的に主張する必要があり、単に代理権があると信じていたという事実の主張のみでは足りない。 第1 事案の概要:上告人らは、被上告人B1がB2を代理して消費貸借契約や抵当権設定、代物弁済予約を…
被上告人において、Dが本件契約を締結する権限を有すると信じたことに過失はなく、正当な理由があるため、民法110条の表見代理が成立する。上告人は根抵当権設定の責任を免れない。
実務上の射程
基本代理権の存在を前提としつつ、代理人が本人から預かった重要書類(実印・権利証等)を悪用して権限外の行為をした典型事例。答案では、単なる印鑑の所持だけでなく、登記済証や保険証券といった「本人が代理権を与えたと信頼させるに足りる客観的状況」を具体的事実から拾い、正当な理由を基礎づける際のメルクマールとして活用すべきである。
事件番号: 昭和46(オ)88 / 裁判年月日: 昭和48年12月24日 / 結論: 破棄差戻
自称代理人が、金融業者から金融を受け、その債務を担保するため本人所有の農地につき抵当権設定契約及び条件付売買契約を締結するにあたり、本人の実印の押捺された金銭消費貸借並びに抵当権設定証書、農地法三条一項による許可申請書、登記のための委任状及び本人の印鑑証明書を提出したけれども、目的農地の登記済権利証を提出せず、貸主は本…
事件番号: 昭和28(オ)1350 / 裁判年月日: 昭和31年9月18日 / 結論: 棄却
本人の渡米不在中権限を踰越して土地売却の代理行為をした代理人について、本人の実印を所持していた事実の外、後記(判決理由参照)のような事情もあつたときは、民法第一一〇条の代理権ありと信ずべき正当の理由があるものということができる。
事件番号: 昭和36(オ)644 / 裁判年月日: 昭和37年5月17日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】代理権消滅後に、元代理人が従前の代理権の範囲を超えた行為をした場合、民法112条(代理権消滅後の表見代理)と110条(権限外の行為の表見代理)の法理を重ねて適用し、相手方がその権限があると信ずべき正当な事由があるときは、本人はその責を負う。 第1 事案の概要:上告人の養父Eは、上告人の承諾を得て土…
事件番号: 昭和34(オ)1095 / 裁判年月日: 昭和37年5月8日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】本人が代理人に対し、不動産売買代金受領後に所有権移転登記手続を行う権限を授与した際、相手方が代理人の権限を信ずるに足りる正当な理由があると認められる場合には、民法110条の表見代理が成立する。 第1 事案の概要:本人は、訴外Dを信頼し、本件不動産の所有権がDに移転する前に、印鑑、印鑑証明、登記済証…