判旨
不適法な供託により賃料債務は消滅せず、債権者が供託金を異議なく受領した事実がない限り、単なる還付請求によって供託が遡及的に有効となることはない。
問題の所在(論点)
不適法な供託によって賃料債務が消滅するか。また、債権者による供託金の還付請求によって不適法な供託が遡及的に有効となるか。あわせて、本件における解除権の行使が権利の濫用にあたるか否かが問題となる。
規範
弁済供託が有効となるためには、債権者の受領拒絶や受領不能等の供託原因(民法494条)を具備する必要がある。要件を欠く不適法な供託は、債務消滅の効力を生じさせない。また、不適法な供託後であっても、債権者が異議なくこれを受領したと認められる特段の事情がない限り、還付請求の手続のみをもって供託が遡及的に有効となることはなく、債務不履行責任も消滅しない。
重要事実
賃借人(上告人)は、賃料の支払いについて供託を行ったが、その供託は要件を欠き不適法なものであった。その後、賃貸人(被上告人)側から還付請求がなされたが、被上告人が本件供託金を異議なく受領した事実は認められなかった。上告人は、口頭の提供をしたとして債務不履行責任の免脱を主張し、また被上告人による解除権の行使は権利の濫用にあたると主張して争った。
あてはめ
本件供託は要件を欠くため不適法であり、賃料債務消滅の効力は認められない。被上告人が供託金を異議なく受領した事実は認められないため、単なる還付請求がなされたことをもって、不適法な供託が遡って有効になったり債務が消滅したりすることはない。また、原審が認定した事実関係に照らせば、口頭の提供によって遅滞の責を免れることもできず、被上告人の解除権行使が信義則に反し権利の濫用にあたるともいえない。
結論
本件供託は不適法であり、賃料債務は消滅しない。したがって、賃料不払いを理由とする解除権の行使は有効であり、権利の濫用にもあたらない。
実務上の射程
供託の有効性に関する基本的判断枠組みを示すものである。不適法な供託がなされた場合、事後的に還付請求の手続がとられたとしても、当然に「有効な弁済」に転じるわけではないという実務上の留意点を明らかにしている。解除権行使の適法性を争う場面において、供託の適否と権利濫用の成否を分ける際の指針となる。
事件番号: 昭和31(オ)955 / 裁判年月日: 昭和34年12月15日 / 結論: 棄却
賃借人の居住の事実を知りながらその賃借家屋を買い受けた者が賃貸人としてなした解約の申入は、そのことだけで信義則に違反するとはいえない。