判旨
所有権に基づく家屋明渡請求に対し、被告側が長年家族を扶養し居住してきた事実があっても、原告側の居住状況の困窮や、被告側の資力・資産状況を総合考慮し、請求が権利の濫用に当たらないと判断した事例。
問題の所在(論点)
引揚者である所有権者が、長年当該家屋に居住し家系を維持してきた親族に対し、所有権に基づく明渡請求をすることが、権利の濫用(民法1条3項)に当たるか。
規範
民法1条3項の権利濫用の成否は、権利行使によって権利者が得る利益と、相手方が被る不利益を比較衡量し、具体的状況に照らして社会通念上許容される限度を超えるか否かによって判断すべきである。特に家族親族間の紛争においては、双方の生活基盤の有無、これまでの経緯、現在の資力状況等を総合的に考慮する。
重要事実
被上告人(原告)は外地からの引揚者であり、父を戦地で亡くしていた。上告人(被告・被上告人の弟)は、被上告人が不在の間、家主Dの家族を扶けて農業に励み、本件家屋に居住してきた。被上告人は引揚後、Dから一時的な約束で住居を与えられたが、それは粗末なバラック建てであり、約束された設備も10年近く整わない劣悪な生活環境にあった。一方で、上告人は3町余の農地を耕作し、家屋を新築できる材料や敷地を所有するなどの資産を有していた。被上告人は所有権に基づき、上告人に対し本件家屋の明渡しを求めた。
あてはめ
まず、被上告人が引揚げざるを得ない状況に至った以上、上告人らが同居や農耕を認容すべきは当然である。次に、被上告人が現在居住している住居は極めて粗末なバラックであり、生活上の苦難が大きい。これに対し、上告人は広大な農地を耕作し、新たな家屋を建築し得る材料や土地を保有しており、本件家屋を明け渡したとしても直ちに生活の基盤が失われるとは言い難い。したがって、被上告人が自らの生活再建のために所有権を行使することは、正当な利益に基づくものであり、上告人の受ける不利益と比較しても社会通念上不当とはいえない。
結論
本件家屋明渡請求は権利の濫用には当たらず、被上告人の請求は認められる。
実務上の射程
権利濫用の抗弁が主張される場面において、当事者間の公平の観点から「双方の生活上の困窮度」および「代替手段(資力)の有無」を具体的事実に基づき比較衡量する手法を示すものである。家族間の居住権争いにおいて、単なる居住の継続という事実のみでは権利濫用を基礎付けるには足りないことを示唆している。
事件番号: 昭和26(オ)274 / 裁判年月日: 昭和31年12月20日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】権利の濫用(民法1条3項)とは、権利の行使が義務者に対し損害を加える目的のみでなされる等、著しく信義誠実の原則にもとり公序良俗に反する場合をいい、明渡猶予期間の合意がある等の事情下では、特段の事情がない限りこれに該当しない。 第1 事案の概要:賃貸人(被上告人)は、賃借人(上告人ら)に対し、昭和9…