判旨
債務額に僅少な不足がある金額の提供であっても、債務者が完全な履行をなすべく可能な限りの注意を尽くしており、これを無効な提供とすることがかえって信義則に反する事情がある場合には、有効な弁済の提供として認められる。
問題の所在(論点)
債務額に僅少な不足がある履行の提供がなされた場合に、当該提供を有効と認め、契約解除権の発生を否定することができるか。
規範
債務者が提供した金額が本来の債務額に不足している場合、その提供は原則として不完全な履行となる。しかし、①不足額が僅少であり、かつ②債務者が正確な額を算出するために可能な限りの注意を尽くすなど、その提供を無効とすることが信義則に反すると認められる特段の事情がある場合には、例外的に有効な弁済の提供としての効力を有する。
重要事実
賃借人(被上告人)は、賃貸人(上告人)からの賃料催告に対し、所轄市役所の係員に賃料統制額を調査した上で、その指示に従った金額(約10万円)を算出し、未払分を提供したが受領を拒絶されたため供託した。しかし、実際の統制額に基づくと5,206円の不足が生じていた。賃貸人はこの不足を理由に、債務不履行(民法541条)に基づく賃貸借契約の解除を主張した。
あてはめ
本件において、被上告人が提供した額の不足分は5,206円であり、提供額全体(100,601円)と比較して「僅少」といえる。また、法律の専門家ではない被上告人が、公的機関である市役所係員の指示を正当と信じて正確な賃料額を算出しようと努めたことは、完全な履行をなすべく可能な限りの注意を払ったものと評価できる。このような状況下で、僅かな不足を理由に履行の提供を無効とし、契約解除を認めることは「信義に反する」といえる。
結論
被上告人の弁済の提供は有効であり、債務不履行は成立しない。したがって、上告人による賃貸借契約の解除は認められない。
実務上の射程
一部提供の有効性を信義則(民法1条2項)により肯定した事例。司法試験においては、賃料の自動増額特約や統制額の争いがある場面で、債務者が善意・無過失に準ずる程度に尽力したにもかかわらず計算に僅かな錯誤が生じた際の、解除権行使の阻止(権利濫用・信義則)の議論として活用できる。
事件番号: 昭和31(オ)495 / 裁判年月日: 昭和32年8月23日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】債権者が催告に示した金額が真実の債務額より多額である場合であっても、同一の債務についてのものであり、かつその差額が約1割程度にすぎないときは、特段の事情のない限り、その催告は全体として有効である。 第1 事案の概要:債権者(被上告人)が債務者(上告人)に対し、債務の履行を催告した。しかし、その際に…