判旨
印鑑証明書の交付申請を依頼するために実印を交付する行為は、当然には法律行為の代理権を授与したものとはいえず、表見代理の基本代理権には当たらない。
問題の所在(論点)
印鑑証明書の交付申請という勧告・公法上の事務を依頼するために実印を預ける行為が、民法110条の「基本代理権」の授与に該当するか。
規範
民法110条の表見代理が成立するためには、代理人が相手方との間で法律行為を行うための「基本代理権」を有していることを要する。基本代理権とは、私法上の法律行為に関する代理権を指し、勧告や届出等の事実行為や公法上の事務に関する権限は、特段の事情がない限りこれに含まれない。
重要事実
訴外Dは、10万円の手形保証を1週間程度引き受けることについて控訴人(被上告人)から承諾を得た際、実印の押捺を受けた。その後、Dは手形保証に必要であるとして印鑑証明書の下附を市役所に申請するため、控訴人から実印を預かった。しかし、Dはこの実印を悪用し、控訴人の代理人と称して法律行為を行った(具体的な行為の内容は判決文からは不明)。
あてはめ
本件において、控訴人がDに実印を預けた目的は、あくまで市役所から印鑑証明書の下附を受けるという公法上の手続を依頼するための一事に限定されている。このような事務の依頼は、私法上の法律行為の代理を委任したものとは認められず、Dに法律行為を行う権限が付与されたとはいえない。したがって、代理権授与の事実関係が認められない以上、110条の基礎となる基本代理権は存在しないと解される。
結論
印鑑証明書取得のために実印を預けたにすぎない場合、基本代理権の存在が否定されるため、表見代理は成立しない。
実務上の射程
実務上、110条の基本代理権の有無が争点となる際、事実行為や公法上の事務(勧告・届出・証明書取得)の委託のみでは足りないとする判旨。ただし、後の判例では「勧告・届出」等の公法上の権限であっても、私法上の取引に密接に関連する場合は基本代理権となり得るとする例外(110条の類推適用等)も認められている点に注意が必要である。
事件番号: 昭和36(オ)238 / 裁判年月日: 昭和39年10月6日 / 結論: 破棄差戻
本人が他人に対し自己の印章を交付し、これを使用してある行為をなすべき権限を与え、その他人がこれを使用し、代理人として、第三者との間で権限外の行為をした場合、当該行為をする際に通常人であれば代理人の権限について疑念をもつような特別の事情があるときは、第三者が、印章を託された代理人にその取引をする代理権があると信じたとして…
事件番号: 昭和39(オ)76 / 裁判年月日: 昭和41年6月28日 / 結論: 棄却
一 復代理人を選任しえない場合に、原審が復代理人が適法に選任されたと判断したことは違法であるが、原判示事実関係(原判決理由参照)に照らせば、代理人が復代理人としてではなく自己の代理人を選任したものと解する余地があり、右代理人の代理人について代理人のため、また、代理人について本人のため、順次民法第一一〇条の表見代理が成立…
事件番号: 昭和32(オ)804 / 裁判年月日: 昭和36年12月1日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】表見代理の成立要件である「正当な理由」の判断において、代理人が本人の利益ではなく自己の債務決済のために権限を行使していると疑われる事情がある場合、相手方がその権限を信じたことに過失がないとはいえない。 第1 事案の概要:上告人(本人)の代理人と称するDは、被上告人(相手方)に対し、上告人のための金…
事件番号: 昭和29(オ)738 / 裁判年月日: 昭和31年9月18日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】私文書の思想内容ではなく、その存在自体や記載文字・印影の形状を証拠とする場合には、民事訴訟法上の文書の真正な成立を証明する必要はない。 第1 事案の概要:上告人の代理人と称するDが、上告人から預かっていた印章を用いて根抵当権設定契約書や約束手形等(乙各号証)を作成した。原審は、これら私文書の成立の…