判旨
損害賠償請求権の発生後に債権者が従前と同額の金員を継続して受領していたとしても、その事実のみをもって直ちに当該請求権を放棄したと認めることはできず、特段の事情がない限り、損害金の一部として受領したものと解するのが相当である。
問題の所在(論点)
損害賠償請求権の発生後に、債権者が従前と同額の金員を受領し続けていたという事実をもって、民法519条に基づく債務免除(権利の放棄)があったと認められるか。
規範
債務免除(権利の放棄)の意思表示の有無は、単なる事実の経過のみならず、当該行為が権利消滅の確定的合意に基づくものといえるかという観点から、客観的・合理的に解釈されるべきである。特に、継続的な給付の受領という事実は、反対の特段の事由がない限り、既発生の債権の充当・弁済として行われたものと推認するのが相当である。
重要事実
被上告人(債権者)は、上告人(債務者)に対する損害賠償請求権が発生した後においても、乙第一、二号証により認められるとおり、毎月従前と同額の金員を継続して受領していた。上告人は、この受領の事実を指して、被上告人が損害賠償請求権を放棄したものであると主張して争った。
あてはめ
本件において、被上告人が損害賠償請求権発生後も従前と同額の金員を毎月受領していた事実は認められる。しかし、この受領行為は、損害賠償という法的性質を否定して権利を放棄する意思を外部に表明したものとはいえない。むしろ、法的には当然に支払を受けるべき損害金の一部として、その弁済に充当する趣旨で受領したものと解するのが社会通念上も合理的である。したがって、単なる受領の事実から直ちに権利放棄の意思表示を推認することはできない。
結論
被上告人が金員を受領していた事実のみをもって損害賠償請求権を放棄したとは認められず、依然として請求権は存続する。
実務上の射程
権利放棄の成否が争点となる事案全般において、沈黙や継続的受領といった消極的・外形的「事実」のみから安易に意思表示を擬制することを否定する。実務上は、放棄の立証責任を負う側において、受領が単なる弁済ではなく権利消滅を目的としたものであるという特別の合意の存在まで主張・立証する必要があることを示す射程を持つ。
事件番号: 昭和32(オ)413 / 裁判年月日: 昭和34年8月7日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】債務者が一部の弁済を提供し残務の猶予を申し入れた際、債権者が全額でなければ受領しない旨を回答した場合であっても、それが催告金額全体の受領拒絶を確定的に示したものでない限り、適法な提供とは認められない。 第1 事案の概要:賃借人である上告人の妻Dは、延滞賃料の催告期間の末日に、賃告人である被上告人方…