判旨
相殺の効力は、双方の債務が互いに相殺適状となった時に遡って生じる(民法506条2項)。したがって、相殺適状となった後には遅延損害金は発生せず、債権額の計算において相殺適状時以降の損害金を計上することは許されない。
問題の所在(論点)
相殺の意思表示がなされた場合において、相殺適状の時期より後の期間に対応する遅延損害金を債権額に合算して相殺することができるか。民法506条2項の遡及効の範囲が問題となる。
規範
相殺の意思表示がなされた場合、その効力は民法506条2項により、双方の債務が互いに相殺をなすに適した時(相殺適状時)に遡って生じる。この遡及効により、相殺適状時において両債権は対当額で消滅するため、それ以降の期間について遅延損害金が発生する余地はない。
重要事実
上告人は被上告人に対し、無尽掛金返戻請求権(受働債権。遅くとも満会となった昭和31年2月16日が弁済期)を有していた。一方で、被上告人は上告人に対し、貸付金債権12万円(自働債権。弁済期昭和29年12月31日)を有していた。昭和31年7月1日に相殺の意思表示がなされたが、原審は、相殺適状時(昭和31年2月16日)以降である同年6月30日までの遅延損害金を自働債権に計上した上で相殺を認めた。
あてはめ
本件における相殺適状時は、両債権の弁済期が共に到来した昭和31年2月16日である。民法506条2項に基づき、相殺の効力はこの時点に遡って生じるため、債務は同日において対当額で消滅したとみなされる。そうであるならば、相殺適状となった昭和31年2月16日から意思表示がなされた同年7月1日までの期間については、消滅した債務の履行遅滞は想定されず、遅延損害金は発生しない。それにもかかわらず、原審が同年6月30日までの損害金債権を認容し、これを加味して相殺計算を行ったのは、同条の解釈を誤ったものといえる。
結論
相殺の遡及効により、相殺適状時以降の遅延損害金は発生しない。原判決を破棄し、相殺適状時を基準とした計算をやり直させるため、本件を差し戻す。
実務上の射程
民法506条2項の「遡及効」の基本的解釈を示すものであり、司法試験の答案作成において相殺の計算(特に利息・遅延損害金のカットオフ)を行う際の必須の知識である。相殺適状時を正確に特定し、それ以降の附随的債権を排除する論理として活用できる。
事件番号: 昭和53(オ)255 / 裁判年月日: 昭和53年7月17日 / 結論: 破棄差戻
相殺の計算をするにあたつては、民法五〇六条の規定に則り、双方の債権が相殺適状となつた時期を標準として双方の債権額を定め、その対当額において差引計算をすべきである。