相殺の計算をするにあたつては、民法五〇六条の規定に則り、双方の債権が相殺適状となつた時期を標準として双方の債権額を定め、その対当額において差引計算をすべきである。
対立する債権につき相殺計算をする場合の債権額確定の基準時
民法506条2項
判旨
相殺の効力は双方の債務が相殺適状となった時点に遡って生じるため(民法506条2項)、相殺の計算は相殺の意思表示時ではなく相殺適状時を基準として双方の債権額を定め、対当額で差し引くべきである。
問題の所在(論点)
相殺の計算をするにあたり、相殺の意思表示がなされた時点を基準とすべきか、それとも相殺適状となった時点を基準とすべきか。民法506条2項の適用範囲が問題となる。
規範
民法506条2項は、相殺の意思表示が「双方の債務が互いに相殺をするに適するに至った時」に遡って効力を生ずる旨を規定している。したがって、相殺の計算においては、双方の債権の弁済期が到来して相殺適状となった時期を標準として各債権額を確定し、その時点における対当額で差引計算をすべきである。
重要事実
上告人(被告)は被上告人(原告)に対し、本件貸金債権を被担保債権とする負債を負っていた。一方で上告人は、昭和43年12月に被上告人が請け負った工事に関し、被上告人が負担すべき費用28万円を支出し、被上告人に対する債権を取得した。上告人は、昭和47年9月5日に右28万円の債権を自働債権とし、本件貸金債権を受働債権とする相殺の意思表示をした。原審は、意思表示の時点(昭和47年9月5日)を基準として、受働債権の元本及び同日までの遅延損害金の合計額から自働債権額を控除して残債務額を算出した。
あてはめ
本件において、相殺の意思表示がなされたのは昭和47年9月5日であるが、自働債権と受働債権が相殺適状となった時期はそれ以前の時点であると解される。原審は、遡及効を規定する民法506条2項を看過し、漫然と意思表示時点での双方の債権額(特に受働債権の遅延損害金)を計算した上で差引計算を行っている。しかし、本来は相殺適状時を特定した上で、その時点での債権額を基準に充当計算を行うべきであり、相殺適状時以降に発生した受働債権の遅延損害金は相殺によって消滅する範囲で発生しないこととなる。
結論
相殺適状となった時期を確定せずに意思表示時を基準として計算した原審の判断には、民法506条2項の適用を誤った違法がある。
実務上の射程
司法試験の答案上、相殺の抗弁を検討する際の計算方法として必須の知識である。特に受働債権に遅延損害金が発生している場合、相殺適状時以降の損害金は遡及効により消滅するため、計算の基準日を誤ると結論(残債務額)が異なる。実務的には、自働債権と受働債権双方の弁済期のうち、いずれか後の方の弁済期が到来した時点を相殺適状時として特定し、その時点での計算を行う必要がある。
事件番号: 昭和53(オ)547 / 裁判年月日: 昭和54年7月10日 / 結論: 破棄差戻
転付債権者に転付された債務者の第三債務者に対する甲債権と第三債務者の転付債権者に対する乙債権との相殺適状が甲債権と第三債務者の債務者に対する丙債権との相殺適状より後に生じた場合であつても、第三債務者が丙債権を自働債権とし甲債権を受働債権とする相殺の意思表示をするより先に、転付債権者の甲債権を自働債権とし乙債権を受働債権…