一 相殺の意思表示は、双方の債務が互いに相殺をするに適するにいたつた時点に遡つて効力を生ずるものであり、その計算を双方の債務につき弁済期が到来し、相殺適状となつた時期を基準として双方の債権額を定め、その対等額において差引計算をすべきものである。 二 民法六三四条二項の損害賠償債権は、注文者が注文にかかる目的物の引渡を受けた時に発生する期限の定めのない債権である。
一 民法五〇六条二項の法意 二 民法六三四条二項所定の損害賠償債権の発生時期及び期限の有無
民法506条2項,民法634条2項
判旨
相殺の効力は相殺適状時に遡及するため(民法506条2項)、計算の基準時は相殺の意思表示をした時点ではなく、双方の債務が弁済期に達し相殺適状となった時期とするべきである。
問題の所在(論点)
相殺の遡及効(民法506条2項)に鑑み、相殺後の残債務を計算する際の基準となる時点はいつか。特に、自働債権・受働債権の双方が弁済期に達した時期と相殺の意思表示の時期が異なる場合の計算方法が問題となる。
規範
相殺の意思表示がなされた場合、その効力は双方の債務が互いに相殺をするに適するに至った時点(相殺適状時)に遡って生ずる(民法506条2項)。したがって、相殺後の残債務額を算出するにあたっては、相殺適状となった時期を基準として双方の債権額を定め、その対当額において差引計算をすべきである。
重要事実
請負人(被上告人)は、注文者(上告人)に対し、工事請負契約の解除に基づく損害賠償債権(受働債権)を有していた。一方、注文者は請負人に対し、建物引渡時の瑕疵に基づく損害賠償債権(自働債権/民法634条2項※当時)を有していた。注文者は訴訟において、上記瑕疵に基づく債権を自働債権として相殺の意思表示をした。原審は、相殺の意思表示が到達した時点(昭和51年11月8日)を基準として、受働債権の元本・遅延損害金と自働債権を相殺したが、上告人がこれに不服を申し立てた。
あてはめ
本件における自働債権(瑕疵修補に代わる損害賠償債権)は建物引渡時(昭和48年12月25日)に発生し、期限の定めのない債権として発生と同時に弁済期にある。また、受働債権(解除に基づく損害賠償債権)は解除時(昭和50年3月12日)に発生し、同様に弁済期が到来したと解される。したがって、両債権は昭和50年3月12日の時点で相殺適状となったといえる。この場合、相殺の効力は同日に遡及するため、同日時点での対当額を差し引くべきであり、意思表示時までの受働債権の遅延損害金を自働債権から控除することは許されない。
結論
相殺適状時(昭和50年3月12日)を基準として計算すべきであり、相殺の意思表示時を基準とした原判決は民法506条2項の解釈を誤っている。
実務上の射程
相殺の遡及効に関するリーディングケースである。答案上、相殺の抗弁が提出された際の具体的な残債務額の計算において、「相殺適状の時点」を特定し、その時点での元本同士を対当額で消滅させる論理構成として用いる。
事件番号: 昭和53(オ)826 / 裁判年月日: 昭和54年3月20日 / 結論: 棄却
仕事の目的物に瑕疵がある場合には、注文者は、瑕疵の修補が可能なときであつても、修補を請求することなく直ちに修補に代る損害賠償を請求することができる。
事件番号: 昭和52(オ)1306 / 裁判年月日: 昭和53年9月21日 / 結論: 棄却
請負人の注文者に対する報酬債権と注文者の請負人に対する目的物の瑕疵修補に代わる損害賠償債権とは、右両債権額が異なる場合であつても相殺することが許される。