刑法第一五五条第一項にいわゆる公務所または公務員の作るべき文書とは、公務所又は公務員が印章若しくは署名を使用しその権限内において職務執行上作成すべき文書を汎称し、その職務執行の方法範囲が法令に基づくと内規又は慣例によるとを問わないものと解すべきである(昭和一二年七月五日大審院判決、刑集一六巻一一七六頁・明治四五年四月一五日大審院判決、刑録一八輯四六四頁各参照)。
刑法第一五五条第一項にいわゆる公務所は公務員の作るべき文書の意義。
刑法115条1項
判旨
刑法155条1項にいう公務員が作成すべき文書とは、公務員がその権限内において職務執行上作成すべき文書をいい、その作成権限は法令のみならず、内規や実務上の慣例に基づく場合も含まれる。
問題の所在(論点)
刑法155条1項の「公務所又は公務員の作るべき文書」における作成権限の根拠として、法令以外の内規や慣例が含まれるか。また、地目変換申告の経由事務に伴う「原本還付」の表示と認印の押捺が、公務員の職務権限に属するか。
規範
刑法155条1項の「公務所又は公務員の作るべき文書」とは、公務所又は公務員が印章若しくは署名を使用し、その権限内において職務執行上作成すべき文書をいう。ここでいう作成権限の範囲は、法令の規定に基づくものに限られず、内規又は慣例に基づくものであっても、その職務執行の方法・範囲に含まれる限り、これに該当する。
重要事実
被告人らは、農地転用許可を必要とする地目変換申告において、尼崎市建設局管理課の係員が、地目変換申告書に添付された転用許可書の写しと原本を照合し、符合を確認した際にその写しへ「原本還付」と記入し認印を押捺する実務を行っていたことに着目した。被告人らは、この「原本還付」の記入及び認印がある文書を偽造した。原審は、当該係員には法令上・内規上・慣例上の作成権限がなく、形式外観上も公務員の権限内と信じさせるに足りないとして公文書偽造罪の成立を否定した。
事件番号: 昭和29(あ)3426 / 裁判年月日: 昭和32年11月29日 / 結論: 棄却
所論指示書と題する文書の内容文言が、たとえ被告人以外の者の手で既に記載されてあつた場合であつても、それが無権限者によつてなされたものであり、且つa地方事務所長たる記名職印が施されてはじめて効用ある文書として完成するものであると認められる以上、行使の目的をもつて右文言の書面に無権限に右事務所長名の記名ゴム印及びその職印を…
あてはめ
当時の土地台帳法によれば、市町村長は地目変換申告の経由事務を担っており、申告書の受理時には形式的審査権限を有すると解される。添付書類の原本と写しを照合し、写しに「原本還付」の旨を記載して捺印する行為は、この形式的審査に伴う付随的事務として、法令上の権限の範囲内に属する。さらに、記録によれば当該市役所において従来から実務上の慣例として行われていた事実も認められる。したがって、当該文書は公務員がその権限内において作成すべき文書に該当すると評価できる。
結論
「原本還付」の記入及び認印の押捺は公務員の職務権限に属するため、これを偽造する行為は公文書偽造罪(刑法155条1項)を構成する。作成権限を法令に限定して成立を否定した原判決は破棄を免れない。
実務上の射程
公文書偽造罪における「公文書」の範囲を、法令上の明文の根拠がある事務に限定せず、慣例に基づく事務まで広く認める点に実務上の意義がある。答案では、作成権限の有無が争点となる際、組織的な事務実態(慣例)を摘示して権限を肯定する論法として活用できる。
事件番号: 昭和33(あ)1735 / 裁判年月日: 昭和34年8月28日 / 結論: 棄却
A鉄道管理局B電力区助役として区長を補佐する傍ら同管理局から出納員もしくは事務助役出納員として指命され、部内職員の給料、族費等の交付、保管等対内的な出納事務には従事するが、同電力区助役もしくは右出納員名義をもつて対外部関係に関する公文書を作成すべき一般的職務権限を有しない被告人が、行使の目的をもつて内容虚偽の電柱代金代…
事件番号: 昭和30(あ)3708 / 裁判年月日: 昭和33年4月11日 / 結論: 棄却
村長がその名義の内容虚偽の公文書を作成した場合は、それが専ら第三者の利をはかる等不法な意思に出でその職務権限の乱用と認められる場合であつても、刑法第一五六条の罪が成立し、同法第一五五条の罪が成立するものではない
事件番号: 昭和50(あ)1621 / 裁判年月日: 昭和51年5月6日 / 結論: 破棄差戻
市長の代決者である課長を補助し、一定の手続に従つて印鑑証明書の作成にあたつていた補助公務員が、右手続の要求する申請書の提出と手数料の納付をせずに、自己の用に供するため印鑑証明書を作成した行為は、判示の事情のもとにおいては、作成権限に基づくものとして、公文書偽造罪を構成しない。