市長の代決者である課長を補助し、一定の手続に従つて印鑑証明書の作成にあたつていた補助公務員が、右手続の要求する申請書の提出と手数料の納付をせずに、自己の用に供するため印鑑証明書を作成した行為は、判示の事情のもとにおいては、作成権限に基づくものとして、公文書偽造罪を構成しない。
補助公務員による手続違反の公文書作成につき公文書偽造罪の成立が否定された事例
刑法155条1項
判旨
公文書作成の補助者であっても、内容が正確であり、授権を基礎づける基本的な条件に従う限度で作成権限が認められる。正規の手続きを欠く場合でも、それが内容の正確性や作成権限の本質を損なわない限り、公文書偽造罪は成立せず、内部規律違反の問題に留まる。
問題の所在(論点)
公務員が、補助者として公文書を作成する権限を有する場合において、正規の申請手続や手数料納付を怠って作成した行為が、作成権限を逸脱したものとして公文書偽造罪(155条1項)を構成するか。
規範
公文書偽造罪(刑法155条)における「偽造」とは、作成権限のない者が他人名義の文書を作成することをいう。作成権限は、自らの判断で作成できる代決者のみならず、特定の条件の下で作成が許されている補助者も、内容の正確性を確保するなど「授権を基礎づける一定の基本的な条件」に従う限度において有する。この範囲内であれば、たとえ正規の手続に違反し、または権限を濫用して作成されたとしても、偽造には当たらない。
重要事実
秋田市役所市民課の調査係長(被告人)が、自己の住宅新築資金借入れ等のため、正規の申請手続を経ず、手数料も納付せずに、秋田市長名義の印鑑証明書6通を自ら作成した。このうち5通は本庁管轄の市民に関するもので、内容は正確であり、正規の手続を踏めば当然に交付されるべきものであった。本庁では、慣行上、被告人を含む市民課員全員が印鑑証明書作成事務を行う権限を有しており、課長の決裁は事後に行われていた。
事件番号: 昭和38(あ)907 / 裁判年月日: 昭和39年8月28日 / 結論: 破棄差戻
刑法第一五五条第一項にいわゆる公務所または公務員の作るべき文書とは、公務所又は公務員が印章若しくは署名を使用しその権限内において職務執行上作成すべき文書を汎称し、その職務執行の方法範囲が法令に基づくと内規又は慣例によるとを問わないものと解すべきである(昭和一二年七月五日大審院判決、刑集一六巻一一七六頁・明治四五年四月一…
あてはめ
まず、被告人は補助者として印鑑証明書を作成する権限を有していた。本件5通の印鑑証明書は内容が正確であり、正規の申請があれば当然に交付されるべきものであったから、内容の正確性を確保するという「授権を基礎づける基本的な条件」は満たされている。次に、申請書の不提出という手続違反は、内容の正確性を担保するための手続にすぎず、正確性が確保されている以上は作成権限を制約する基本条件とはいえない。また、手数料の不納付も、市の収入確保のための規定であって作成権限の有無を左右するものではない。したがって、被告人の行為は権限の濫用ではあっても、作成権限の範囲内にあるといえる。
結論
本庁管轄の5通については、作成権限に基づく行為であり公文書偽造罪は成立しない。ただし、管轄外の1通については権限がなく、偽造罪が成立する(原判決破棄・差し戻し)。
実務上の射程
作成権限のある公務員が、内容の真実な公文書を不正な目的や手続で作成した場合(権限の濫用)は、無権限者による作成(偽造)ではなく、虚偽公文書作成罪の成否が問題となる(本件は内容が真実であるため同罪も不成立)。補助者の権限逸脱が「偽造」に該当するか否かを判断する際、その手続違反が「授権の本質的条件」に関わるかという視点を示す重要判例である。
事件番号: 昭和27(あ)6238 / 裁判年月日: 昭和30年4月5日 / 結論: 棄却
所論の如く未遂罪であるとしても、只裁判所は減軽を為し得るだけでその他法定刑に変りはなく、その範囲において刑を量定し執行猶予迄言渡した原判決はこれを破棄しなければ著しく正義に反するものとは到底いえない。
事件番号: 昭和29(あ)3426 / 裁判年月日: 昭和32年11月29日 / 結論: 棄却
所論指示書と題する文書の内容文言が、たとえ被告人以外の者の手で既に記載されてあつた場合であつても、それが無権限者によつてなされたものであり、且つa地方事務所長たる記名職印が施されてはじめて効用ある文書として完成するものであると認められる以上、行使の目的をもつて右文言の書面に無権限に右事務所長名の記名ゴム印及びその職印を…
事件番号: 昭和30(あ)3708 / 裁判年月日: 昭和33年4月11日 / 結論: 棄却
村長がその名義の内容虚偽の公文書を作成した場合は、それが専ら第三者の利をはかる等不法な意思に出でその職務権限の乱用と認められる場合であつても、刑法第一五六条の罪が成立し、同法第一五五条の罪が成立するものではない
事件番号: 昭和40(あ)12 / 裁判年月日: 昭和41年5月26日 / 結論: 破棄差戻
【結論(判旨の要点)】刑法155条1項の「公務所の署名」の有無については、文書の形式的外観から客観的に判断すべきであり、公務所の名称の記載等がない文書については、有印公文書としての成立を認めることはできない。 第1 事案の概要:被告人らは、公務上の文書である「昭和二五年度支出負担行為簿」に虚偽の記入をし、これを行使した…