論旨は窃盗既遂の時について原判決の下した判断が大審院の判例に違反すると主張する。しかし当裁判所の判例(昭和二三年(れ)六七五号同年一〇月二三日第二小法廷判決、昭和二三年(れ)一一三二号同年一二月二七日第一小法廷判決等)はいずれも、不法領得の意思をもつて事実上他人の支配内にある物件を自己の支配内に移したときは茲に窃盗罪は既遂の域に達するものであつて、必ずしも犯人がこれを自由に処分し得べき安全な位置におくことを必要としないとしている。本体において原判決は、「被告人がAのズボン右後ポケツト内より判示財布を抜きとりこれを被告人の手中に収めた」と認定している。この事実は判例のいわゆる「自己の支配内に移した」ことを意味するものと認められる。従つて原判決がこれを窃盗罪の既遂としたことは判例に違反するものでなく、論旨は理由がない。
窃盗罪の既遂となる時期
刑法235条
判旨
窃盗罪は、不法領得の意思をもって他人の占有下にある物件を自己の支配内に移した時点で既遂に達し、犯人が物件を自由に処分できる安全な位置に置くことまでは必要としない。
問題の所在(論点)
窃盗罪において、他人の占有物を手に取った段階で「窃取」が完了し既遂となるか、あるいは犯人がその物を自由に処分できる安全な状態(安着)に置くことが必要か。すなわち、占有移転(支配の移転)の成否が問題となる。
規範
窃盗罪(刑法235条)における「窃取」の既遂時期は、不法領得の意思をもって事実上他人の支配内にある物件を自己の支配内に移した時点をもって判断すべきである。犯人が当該物件を自由に処分し得る安全な位置に置くこと(安着)は既遂の要件として必要ではない。
重要事実
被告人は、被害者Aのズボンの右後ろポケット内から、判示の財布を抜き取った。被告人は、抜き取った財布をそのまま自らの手中に収めた。弁護側は、財布を抜き取っただけでは自由に処分できる安全な状態に至っていないとして、既遂時期に関する判断の誤りを主張した。
あてはめ
本件において被告人は、Aのポケットから財布を抜き取っており、この時点で財布に対する被害者の事実上の支配は失われ、被告人の支配下に移ったといえる。被告人が財布を「手中に収めた」事実は、物理的かつ排他的な支配を確立したことを意味する。したがって、その後財布を安全な場所に隠匿したり持ち去ったりする前であっても、手中に収めた瞬間に自己の支配内への移転が完了したと評価される。
結論
被告人が財布を抜き取り手中に収めた時点で、窃盗罪は既遂に達する。よって、本件を窃盗既遂罪とした原判決は正当である。
実務上の射程
本判決は、窃盗罪の既遂時期について「支配の移転」があったか否かを基準とする「移転説」を明確に採用したものである。実務上、スリや万引きの事案において、懐に入れたり手中に収めたりした瞬間に既遂となることを論証する際の根拠となる。ただし、大型商品や持ち運びが困難な物件については、依然として「自己の支配」の成立時期を慎重に検討する必要がある。
事件番号: 昭和27(あ)5576 / 裁判年月日: 昭和29年4月28日 / 結論: 棄却
【結論(判旨の要点)】窃盗罪における既遂時期について、財物に対する占有が従前の占有者から行為者へと完全に移転した時点をもって既遂と解すべきである。本判決は、先行判例を引用し、被告人の行為が窃盗の既遂に当たると判断した。 第1 事案の概要:本判決文からは具体的な犯行態様の事実は不明であるが、被告人が他人の財物を窃取しよう…